ソムリエ岩須(いわす)のブログ

若いですね

「若いですね」 最近よく言われます。僕が、ではなくて、スタッフが、です。そうなんです。開店から14年。今のボクモは、僕とシェフを除いて、これまででいちばん若いスタッフが働いています。現在のスタッフは4人。4人中20代が2人、10代が2人です。20代はふたりとも社会人で、10代はふたりとも大学生。年長の1人はボクモ歴2年。あとの3人は今年加入しました。しかし、店をはじめたときは、まさか自分の子どもくらいの年齢の人たちと一緒に働くとは思ってもみませんでした。僕がアルバイトでラジオ局のADをはじめたのは19歳。あのとき、今の僕の年齢くらいのプロデューサーとか、とてつもなく遠い世代のおっさんに見えたもんでした。今、働いているうちのスタッフにとっては、僕もそう見えてるんだろうなと思うと、なんだか不思議な気分になります。あのときのおっさんは、僕からしたらギョーカイを隅々まで熟知しているフィクサーに見えました。ところが実際に自分がこの年齢になってみると、とんでもない。まだまだ世の中知らないことだらけです。30を過ぎてから飲食をはじめたので、いまだに経験不足を感じますし、正直まだ迷ってばかりです。若い頃と比べて成長したなと胸を張って言えるのは、ウエストのサイズくらいです。それにしても、最近の若い人、とてもいいです。たまたまボクモに良き人材が来てくれているだけかもしれませんが、今、いっしょにやっているメンバーは、みんな前向きな気持ちを持ち寄って働いてくれています。個性もしっかりある。そして挨拶ができる。ありがたいことです。はたして、若き日の僕がそんなふうに仕事ができていただろうかと思うと甚だ疑問です。「おざーっす」とか言って、スタジオの外でブラックの缶コーヒーとたばこで一服して、いっちょまえの仕事をしてる大人みたいな顔をしていたと思います。ダサい。まあ、でも、そのダサい岩須があって、今の岩須にたどり着いているわけなので、その時代のダサさも今の自分をつくる上で必要だったとも言えるのかもしれませんが。とにかく、ボクモスタッフの若者は素晴らしい。そしてそう思える人たちと一緒に仕事ができてラッキーだなと思います。ラッキーと言えば、ボクモの卒業生からもたらされるラッキーもあります。歴代スタッフの数は20数人くらいになるのですが、その中でも今でもちょくちょく会える人たちが何人かいます。中でも2009年の開店時から手伝ってくれたSさんは、出不精な僕をあちこちに誘ってくれる年上の方。貴重な存在です。最近、店+通販+ラジオの仕事で、頭の中がパンパンになりがちでした。どこかで仕事をなんにも考えない時間をつくりたいなと思っていたところ、「上高地に行こうよ。めちゃくちゃ癒やされるよ。」と誘っていただきまして、今月、長野の上高地にハイキングに行くことになりました。ラッキーです。ちなみに参加メンバーの3人は全員ボクモの元スタッフ。楽しみだなあ。ハイキングなんて何年ぶりだろう。しっかり準備しないと、と思い、今週人生初のアウトドア用シューズを買いました。そしたら妻がひと言。「え?新しい靴で行くの?大丈夫?」あ、そうだ。確かに。履き慣れていない靴で長距離、しかも慣れない山道を歩くのは危ないか。 それに、買った靴、いつも履いている革靴やスニーカーとはだいぶ履き心地が違うもんな。ぴたっとはあわない。こちらから寄せて、慣れていかないと。 よし、これから毎日履いて、体に馴染ませておこう。そう思ったとき、あ、これってあのときに似ている、と気づきました。それは、新しいスタッフが入ったとき。最初はちょっと違和感があっても、徐々に慣れてお互いのことがわかってくると、いい塩梅になっていく、あの感じです。スタッフも、新しい環境は戸惑って当然だし、こちらも新しく入る人がどんな人かは最初はわからない。同じ時間を過ごしていくうちに、「この人ならこう言えばいいな」とか「これが得意そうだから任せてみよう」とか、個別の接し方がわかってくる。スタッフも「この職場ではこうやればいいんだ」という型がわかってくる。そうして、お互い、関係性が体に馴染むわけです。そもそも、最初からうまくぴたっとハマることなんて、ほとんどないです。お互い歩み寄って、馴染んでいくやり方を見つけるのが、うまく進むコツなんだろうな、と。「新人の靴くん、その若さ、いいぞ。こっちも出来る限りあわせていくから、よろしく頼むぞ。」厚めの靴下+中敷きで履き心地を調整をしながら、そんなことを思いました。

僕なりの名古屋土産

僕は生まれも育ちも愛知県。ちょっとだけ東京に住んでいたこともありますが、人生のほとんどは尾張地方で過ごしています。 今思えば、若い頃に他の地方とか海外とか、自分の生まれたところから遠く離れたところに住む経験をしてみたかったな、と悔やむときもあります。 やっぱり同じところにずっといると視野が広がらないというか。あんまり物事を知らないおじさんになってしまったなあ、と思うこともしばしばです。 ただ、カウンターのある店をやっていると、僕の狭めの視野をぐいっと広げてもらえることもあります。 先日は、たまたま金沢出身の方がいらっしゃって、北陸トークで大盛り上がり。 近江町市場、兼六園、金沢城。 のどぐろ、白海老、寒ブリ、セイズファームのワイン。 魅力的なワードが飛び交います。 「冬になると道路の融雪装置のシャワーが出るので、足にかからないように気をつけないといけないんですよ」 「へー!」 「福井では水羊羹は冬に食べるんですよ」 「へー!(まじか)」 あっちに住んでいた方や、仕事でよく行っていた方の話はリアルで面白いです。 またその日は、ボクモがメインの目的で神奈川から名古屋に旅行で来たという奇特な方もいらっしゃいました。 「普段ラム肉を食べたいと思ったら、スーパーのサミットで買います。ちょっと高いけど肉質はかなり良いんですよ。」 「へー!(サミットこっちにないなあ)」 「珊瑚礁のカレー、神奈川では定番です。」 「へー!(食べてみたい)」 名古屋から一歩も出なくても、あちこちの楽しい話が聞ける。なんて役得。ビバ、カウンター。 ちなみに、そういう「ご当地トーク」で良きアシストをしてくれるのがこの本です。 菅原佳己さん著「日本全国地元食図鑑」 水羊羹も珊瑚礁もここに乗っています。カウンターのある飲食店をやっている皆さん必携の本ですぞ。 やっぱりカウンターはいい。知らない文化を教えてくれる人に会えるんだもの。 そう思うのですが、一方で、こうも思います。 せっかく楽しい話を持って来てくださったのに、僕がお礼に渡すべき「名古屋のおもしろ」が足りていないかも。 名古屋で店をはじめて14年。根を下ろすというと大げさですが、まあ、同じところでずっと商売をさせていただいているわけです。 でも、「名古屋と言えば」というお題になったとき、だいたい、味噌煮込み、味噌かつ、あんかけスパ、手羽先、つけて味噌かけて味噌、坂角のゆかりとか、いつも同じ話ばかりしている気がするのです。てか、ぜんぶ食べ物じゃん。 まあ、初めて会った方との話題として食べ物ってのは悪くないと思うんですが、せっかくボクモにNZワインを飲みに、ラムチョップステーキを食べに来てくださっているのに、他の食べ物の話ばかりもどうよ、と思ったり。 「これが名古屋の今です」と胸を張って紹介できるものが、あと5個くらいは欲しいなあ、と思うわけです。 というか、欲しいなあじゃないよ、ですね。ずっと名古屋にいて視野が狭いなんて嘆いてるなら、せめて、狭い中のものを深掘りしておきなさい、ってことですよね。...

独身ワイン会レポート

こないだ、久しぶりにボクモの店内BGMで「蛍の光」をかけました。 あの曲を「店が閉まる合図」と刷り込まれている人は多いと思います。 特にスーパーなどの商業施設では定番の閉店ソングだと思いますが、ボクモのようなワインバーでかけるのは、かなり違和感があります。あまりにも「はやく帰って欲しい」をストレートに表現しすぎですよね。ムードも何もありゃしないので、当然普段はかけることはありません。 が、違和感を顧みず、かけなければいけないときがあったのです。 それは、先日開催した「独身ワイン会」のとき。 「会の終了時間、20時となりました」とマイクでアナウンスしたのですが、まあ、皆さんおしゃべりがぜんぜん止まらない。席を立つ気配ゼロ。 まあね、考えてみれば、知らない人同士の会って、開始から2時間くららいって、ちょうど打ち解けてくるぐらいの時間ですよね。全員の顔に「名残惜しい」と書いてありました。 しかし、これでは一向に閉め作業ができない。 なので、あえて蛍の光を流しました(ちょっとひねって「栗コーダーカルテット」のバージョンにしました)。 そうしたら、「じゃあみんな2軒目いきますよ!」と参加者のひとりが音頭を取ってくれて、だんだん皆さんも腰を上げてくれました。 そう。 蛍の光をかけなければいけないほど、今回の「独身ワイン会」、盛り上がったのです。 予約があっという間に埋まったときから、きっと盛り上がるだろうな、と思っていましたが、予想を上回りました。 コロナ渦中の僕に教えてやりたいです。 「我慢すれば、ちゃんとイベントもできるようなるぞ。そして男女が出会うイベントはしっかりニーズがあって盛り上がるぞ」と。 こんないい感じになるならば、シリーズ化するしかありません。 次は秋。11月3日(祝)にやります。また詳細決まったらお知らせします。ご興味のある方、カレンダーに仮で入れておいてください。 さて、僕としては、次回を開催するにあたって、今回の振り返りをしておく必要があります。 まず、良かった点。 ・男女比、ぼちぼち整ったこと。 ご予約段階で女性の方がかなり多めでしたが、キャンセルもあって、やや女性多めくらいに落ち着きました。 ・半立食にして、途中で移動して交流していただく形式に。 「どかっと座って、気に入った人とずっと喋ってる」だと他の人が入りにくくなります。なので、適度に席が足りないこの形式が正解だったかなと。 ・ワイン、料理、美味しいと言っていただいたこと。 両方ともしっかりと準備しました。久々にビュッフェ用のウォーマー(ホテルにあるようなステンレスのやつ)も使えて良かった。 ・途中で挟んだクイズ大会。 ワインの品種当てクイズをやりました。「そんなのわかんないよ」なんて言いながらも、皆さん真剣に考えていただきました。ヒントを手がかかりに4択から選んでいただく方式にしたら、正解者が6人。ちょうど良い盛り上がりだったかなと。 ・2時間で終了にしたこと。 やっぱり蛍の光を流してよかったと思います。1軒目で盛り上がったら、小グループにわかれて2軒目へ。帰りたい人は帰る。せっかくの初対面の場で、酔いすぎてしまっては台無しです。そのためにも時間制限は必要だなと。  ...

お盆、繋ぐワイン

今月前半、ボクモワインはサマー・セールと題して、全品15%OFFの特売をやりました。 「今年はお盆休みで帰省する人もきっと多いから、そのときに美味しいニュージーランドワインを使ってもらえると良いね」 そんなことを言いながら、スタッフとともに今回のセールの準備をしましたが、おかげさまで、予想を超えるたくさんのご注文を頂きました。ありがとうございました。 どうでしょう。僕らの手元を離れた素敵なワイン達は、皆さんのお盆の団らんのひとときに役に立ったでしょうか。あるいは、ほっと一息の良きパートナーとなったでしょうか。 なったのならば嬉しいなあ。   「お盆のワイン」と言って思い出すのは、まだ僕のばあちゃんが生きているときのこと。 亡くなってしまった今は、すっかり親戚の集まりもなくなってしまいましたが、生前は、お寿司やすき焼き、岐阜の山菜の煮物などをずらっと机に並べ、お盆のひとときを過ごしていました。 10年くらい前かな。僕がソムリエになりたての頃。 お盆の集まりにワインを持っていったところ、親戚一同、とても珍しがってくれました。 普段は最初から最後までずっとビールという叔父さんも、せっかくならとワインを飲んで「やっぱりソムリエが選んだワインは美味しい」とおだててくれました。 小さい頃はよく遊んでもらった叔父さんですが、こちらが大人になると、久しぶりに集まったときに話すような話題はそうそうない。 そんなときに、新しいワインという話題が登場し、ワインのおかげで盛り上がりました。 フランスワインの瓶にはどうしてぶどうの品種が書いていないのか。暖かいところのワインが濃い味になる理由。すき焼きにあうワインは。そんな話をしたことを覚えています。 今思い返しても、ワインってのは人を繋ぐ飲み物なんだなあ、と思います。   うちのばあちゃんは、普段あまりお酒を飲まない人でしたが、孫がソムリエの資格を取ったと聞いて、少しはワインに興味が沸いたようでした。 僕が「ばあちゃん、ちょっとワイン飲む?」と聞くと、「すこしもうらおうかな」と、持っていったロゼワインを口にしました。 「どう?美味しい?」 「美味しい。これなら飲める。」 当時90歳くらいのばあちゃんが、生まれて初めての体験をしているのを見て、ちょっと感動しました。 人生、何歳でも新しいことがある。生きていると、新しいことに出会う。それって素敵なことだなあと。 以来、毎年お盆が来ると、ばあちゃんがロゼワインを飲む姿が思い出されます。そうか、ワインって、あっちとこっちも繋いでくれるんだな。   あ、でもばあちゃん。 「ロゼワインっていうこのピンク色のワインね、もう世界中で流行っているんだけど、日本はまだなんだよ。でも、いずれ流行るから、ばあちゃん、流行の先取りだね。」 あのとき、そう言ったけど、ごめん。まだ日本でロゼ、流行ってないや。なんでだろうな。笑

マッスル問題

マッスルというと、一般的には筋肉(muscle)のことを言うのでしょうが、ニュージーランド界隈では、マッスル=ムール貝です。 綴りはmussel。ニュージーランドでは貝殻が緑っぽい色をしたグリーンマッスルがよく食べられています。普通のムール貝に比べて実が大きく、食べ応えがあります。 ボクモでは「ニュージーランド産マッスルのパン粉焼き」が定番メニューで、たまに白ワイン蒸しもやります。いずれも白ワインがよき相棒となります。 しかし、そのマッスルが、今、僕を悩ませています。 先日、東京で行われたニュージーランドワイン試飲・商談会で、いろいろな会社のブースが出ていたのですが、その中にワイン以外にニュージーランド産マッスルを輸入している商社のブースがありました。 試食したら、これが旨い。潮の風味がしっかりとあり、食べ応えも申し分ない。ぶりんぶりんです。試飲会場が海辺のシーフードレストランになりました。 「現地で特殊な方法で加熱し、それをチルド(冷蔵)で日本に輸送しているんですよ。」と担当者。 この手の輸入食材は基本的に冷凍ばかりなのですが、なんとチルドとな。道理で風味が強いわけだ。 よし、これまで使っているマッスルからこれに乗り換えよう。 そう思って、名古屋に戻り、商社から卸売業者を紹介してもらい、その卸売業者と新規取引のための手続きをしました。 サンプルを1パックいただいたので、さっそくシェフと一緒に味見&新作メニューの試作に取りかかります。 そこで困ったことが起きたのです。 この新しいマッスル、単体だと潮の風味が強くて美味しいのですが、ワインと全然あわないのです。 「ワインによって生臭さが増強されてしまう」という現象を経験したことがある方も多いと思いますが、まさにあれです。 どんぴしゃの相棒であってほしい白ワイン、特にソーヴィニヨン・ブランを飲むと、絶望的に生臭さがアップしてしまうのです。 これはイカンです。 お客さんは、ニュージーランドのシーフードとニュージーランドのソーヴィニョン・ブラン、いいじゃない、現地に行った気分だねえ、なんて合わせてみたら、全然相性がよくない。喧嘩しまくり。これじゃあ困ります。 せっかくいい食材に出会ったのに、残念ながら不採用か・・・ と、ならないのが、ちょっとワインを知ってる岩須くん。 そう。 実は、このワインが生臭さを引き上げてしまう現象は、すでに理由が解明されており、解決方法はあるのです。 生臭さの発生のメカニズムは、この研究の第一人者であるメルシャンによるとこうです。 魚介類に含まれる過酸化脂質が、ワインの中の二価鉄イオンと反応すると、瞬時に脂質の酸化がはじまり、不快な魚臭のする成分である(E,Z)-2,4-ヘプタジエナールが発生する。 ざっくり言えば、鉄分の多いワインと過酸化脂質が多い食べ物をあわせたときに、生臭い成分が一気に増える、という感じです。 貝類は、過酸化脂質を蓄積しやすく、中でもホタテの干物は代表的な過酸化脂質を多く含む食品として知られています。もし、生臭さを体感したい方は、コンビニなどで売っている乾燥ホタテのおつまみで試してみてください。とんでもないことになりますので。 今回のチルドマッスルも、おそらく過酸化脂質をしっかり含んでいると言うことなのでしょう。そして、NZソーヴィニヨン・ブランには鉄分が入っているのだろうと推測できます。 それを踏まえると、解決方法は二つあります。   (1)鉄分があまり含まれていないワインをあわせる (2)マッスルの調理法を工夫する...

汗をかく仕事

毎日、ひどく暑い日が続きます。通勤だけでいっぱい汗をかきます。 消臭スプレー業界はきっと景気が良いんだろうなあ。あと、日傘業界とハンディファン業界、それに首に巻くなんか涼しそうなやつ業界も。 ところで「汗をかく」という言葉。 汗腺から液が出る現象以外にも、「一生懸命に仕事をする」という意味でも使われますよね。 昨日はまさにそのダブルミーニングがぴったりな日でした。実際に汗をかき、比喩的にも大いに汗をかきました。 昨日は、たまたまスタッフ不足の日。 ボクモは基本的に3人で店をまわします。シェフと僕、そしてアルバイトスタッフで仕事を分担する仕組みになっています(ちょっと前は4人のときもありましたが、改装して席を減らしてからこうなりました)。 しかし、昨日はたまたまスタッフの予定があわず、僕とシェフのふたり営業に。 シフトはずいぶん前に決まっているので、人手が足りない日になるというのはわかっていました。でも平日だし、まあ難なくやれるだろうと高をくくっていました。しかし甘かった。予想が外れ、昨日は嬉しい悲鳴デーとなりました。 まず、久しぶりの開店準備から汗をかきました。 いつもはスタッフにやってもらっている開店前のルーティンのあれこれを、久々に自分でやってみると、ああ、ここはもうちょっとこうした方がいいな、という発見がいくつもあって、狭い店内をあっちに行ったり、こっちに行ったり。そしてあっという間にオープン時間に。 オープン直後は、東京からいらっしゃったニュージーランドの製品を輸入している貿易会社の方のお出迎え。コース料理+ワインのペアリングなので、割としっかりとテーブルに張り付く必要があります。そこに、ご予約の方、常連さまがどどどっと入ってきて、一気に忙しくなります。 さらに昨日は、ボクモでアルバイトをやってみたいという大学生が、お父さんといっしょに見学がてらご飯を食べに来てくれました。 話したいこともいっぱい。常連さんとも話したい。コースのケアも必要。ペアリングのワインの提案も必要。新規のお客さんもやってくる。ボトルワインのオーダーに何種類か持っていって提案する。グラスワインの注文が入る。カクテルの注文も入る。わーいわーいてんやわんや。もう、大汗です。 ちょっと落ち着いた頃、「今から7人いける?」のお電話。お席が空いていなかったので、ごめんなさいしちゃったのですが、正直ちょっとほっとしたりもしました。経営者としてはアカンですが。 しかし料理もワインもよく出ました。シェフもいろいろとカバーしてくれてありがたかった。 心地よい疲労感とともに、たくさんのワイングラスを残し、終電に飛び乗りました(こういうときは翌日のスタッフがオープン前にグラスを洗浄することになってます)。 車内で思いました。 たまにはこういうのもやらないとな、と。普段は見守り役っぽい感じのポジションで店にいるけれど、プレーヤーになる日も必要なんだな、と思いました。 車内でLINEを確認すると、なんと。 明日入ることになってるスタッフが、手を怪我したと。洗い物、ちょっと厳しいかも、という連絡が入りました。 はいはーい。わたくし、今日もちょっと早めに入ります。昨日のお客さんの顔を思い出しながら、またせっせと開店準備をやるとします。 今日もいい汗をかきたいぞ。 あ、消臭スプレー、買い足しておこう。

ブレンドについて

「ブレンド」と聞いて何を思い浮かべますか? やっぱりコーヒーでしょうか。 小さい頃、喫茶店で大人が「ブレンドで」と注文しているのを聞いたとき、なんかよくわかんないけど格好いい響きだな、と思っていました。 専門用語でオーダーするというのが、大人っぽいと感じたんだろうと思います。 自分がコーヒーを飲むようになって、ブレンドというのは、異なる産地の豆を組み合わせて、バランスを取った味わいにしているもの、という意味を知りました。 でも、若者に人気のコーヒー屋さんから「うちはシングルオリジン(産地ごとの豆の違いを楽しむタイプ)だけの店なのに、年配の方が来るとだいたいブレンドでっておっしゃるので、そのたびに毎回説明しなきゃならないんですよ。」と聞いてから、なるほど、ブレンドってのは、もしかしたら昔の喫茶店用語になりつつあるのかな、と思ったり。 そういえば、うちの店で「とりあえず生」とおっしゃるのは、ある程度の年齢以上の方が多いです。 そうか。そう考えると、あのコーヒー屋さんとうちは似てるかも。 「ビールは3種類ありまして、そのうち2つはクラフトビールです。サイズは2サイズからお選びいただけます。」と、毎回説明してるもんな。 時代が進むと、どのジャンルも細分化、専門化が進むんだろうと思います。   さて、ブレンド。 ワインの世界ではブレンドというのは大変重要な意味を持ちます。 複数のワインをブレンドして、自分たちの味をつくる。これは伝統国フランスではスタンダードな製法です。 生産者は、A品種のワイン、B品種のワイン、C品種のワインなどの、ぶどうの品種ごとにベースのワインをつくります。 そして、それぞれのベースワインのその年の出来具合を考慮して、ブレンダーが比率を決め、大きなタンクの中でワインをブレンドし、その後で瓶詰をします。 こうすることで、ひとつの品種では得られなかった奥深さが出てきます。それに、ブレンドの比率を調整することで、毎年安定した味になりやすい、というメリットもあります。 逆に、無調整の、ブレンドしないワインもいっぱいあります。ワイン新興国では、この単一品種スタイルを採用している生産者が多いです。 なぜか。ブレンドすると確かに複雑な味にすることができる。でも、世界のワイン好きの間では「この品種は、こんな味」という共通認識があります。 なので、ひとつの品種でやってますよ、という印がラベルにあれば、ワイン好きは「あ、この品種は好きだから買ってみようかな」となるわけです。 フランスのブレンドワインは、ぶどう品種がラベルに表記されていないものが多く、品種を見て選びたい人にとっては難しい。 だから、伝統国じゃない自分たちは、わかりやすく単一の品種でつくり、それをしっかり表示して勝負しますよ、という戦略をとっているワイナリーが多いのです(実際には少しなら他の品種を混ぜてもいいというルールもありますが)。 しかし、その「新興国は単一」という傾向を、また逆手にとる人たちもいます。 いやいや、単一じゃあ面白くないぜ。これまでの常識にとらわれない独自のブレンドを編み出して世界唯一のワインをつくっちゃうよ、という新しい生産者もいます。これも面白い。 ブレンドが当たり前。→ならば、私たちはブレンドしない方で勝負だ。→いいや、俺たちは独自のブレンドをやろう。 ワインのこの流れを見ていると、人間の営みというのは、前時代に対するカウンターによって新しいものが生まれているんだなあ、と感じます。 僕らが扱うニュージーランドワインも、圧倒的にわかりやすい単一品種ワインばかりだったのですが、最近は、そうでないものも出てきています。 先日東京で行われた試飲・商談会でも、こんな「よくわからないけどなんだか雰囲気のある」ラベルのワインが出ていました。 いちばん右のヤツ。なんだかお洒落なシャツの模様みたい。モチーフはなんだろう。葉っぱ?ギター? 使ってる品種はピノ・グリ、リースリング、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・ノワールって書いてあるぞ。うーん、まったく味の想像ができない。...

ボクモ開店14周年

先週は、年に一度の「ニュージーランドワイン試飲・商談会」のために、東京に行ってきました。 プロ向けの講義「マスタークラス」を受講し、その後ひさびさにたくさんのワインをテイスティングしました(もちろん飲み込まずにペッと吐きますのよ、こういう試飲会って)。 今年もたくさん収穫があったのですが、久々の東京の人の多さ、うだるような暑さ、乗り物酔い、体力の衰えなどがミルフィーユのように重なってのしかかり、しっかりと、どっしりと疲れて名古屋に帰ってきました。 詳しいこの会のレポートは、コラム連載をさせていただいている「ニュージーワインズ」に後日のっけたいと思います。 さて、今週はボクモの開店14周年ウィーク。 2009年にオープンしたボクモは、もう中学2年生。思春期。まだまだ半人前。見守りが必要な時期なので、皆さん、定点観測(定期来店)のほど、よろしくお願いします! オープン記念日の7/17には、通販のボクモワインで連動企画「1日だけ全品14%OFFセール」をやったところ、かなりたくさんの方からのオーダーをいただきました。ありがたいです。 ボクモでは、コロナが来る前は毎年この7/17近辺にはパーティーを企画していたのですが、今年はいろいろ事情があってパーティーは秋にやることにしました。 そしたら、どうよ、この今の暑さ。 パーティーのときには、毎回廊下や地上に人があふれてしまうのですが、こんな酷暑の中で開催したら、ちょっと危なかったかもしれません。 もうちょっと涼しくなった頃を見計らって、音楽&ワインの14周年イベントを企画しますのでお楽しみに。 ただ、7月になんにもやらないのはなあ、日頃の感謝の気持ちを伝える機会はつくりたいなと思い、今回は、久しぶりにノベルティをつくってプレゼントしています。 これまで、Tシャツ、団扇、ワイングラスなどのボクモグッズをつくったことがありましたが、今年はエコバッグにしました。 エコバッグなら、まあいくつあっても邪魔にならないかな、と。 生地の一部がリフレクター素材になっているのが、ちょっとしたこだわりです。ボクモから帰るとき、途中で買い物をしてこのエコバッグを持って夜道を歩いたら、ヘッドライトの光をぴかーんと反射してくれます。安全におうちまで帰ってね、という思いを込めてみました。 ロゴは、岩須自作。つくったのは50個。これを書いている時点で在庫はまだすこしあります。よかったらもらってやってください。 合い言葉「14歳つったら中2じゃないですか!」を言ってくださったらお渡しします(みんな照れながら言ってくれて楽しい)。 さあ、ボクモは15年目。これからまずやりたことは、コロナでできなくなっていた店内イベントかな。 以前は、大学と連携したサイエンスイベント、民族音楽のライブイベント、サブカル系のトークイベント、落語会、ワイナリーの方を招いてのワイン会、合コンなどいろいろやっていました。 そう。ボクモの中でイベントは大事な要素のひとつだったのです。 でも、去年大きく改装してレイアウトが変わり、イベント小屋っぽさがぐっと薄れました。キャパシティも減ってしまいました。飲食機能を優先した結果、ちょっとイベントがやりづらい感じになってしまった感は否めない・・・。 が、そう思っていたところに、最近、ポンポーンとイベント企画のご依頼が。 ひとつは仲良くさせていただいているフリーライターの大竹敏之さんの企画。11月にちょっとマニアックなトークイベント、久々にやることに。サブカル?社会学?珍しいもの好きに響きそう。詳細はまた。 それから、名古屋大学主催の「あいちサイエンスフェスティバル」、これもずっと取り組んできたシリーズですが、こちらも復活。 昨日は以前からお世話になっている名古屋大学の担当の方がボクモに来てくださって、「へえ、こんなふうに改装したんですね。でも、普通にイベントできそうですね」と言ってくださいました。 え、そうなんだ!普通にできそう、なんだ! 過去にいっしょにイベントをやっていた方が、客観的に今のボクモを見て、普通にやれるって感じてくださって、ちょっと安心しました。 ああそうか。コロナのせいにして、以前と今の溝をつくっていたのは僕なんだな。 工夫すればなんとかなる。 そう、これまでも場当たり的な工夫でエッチラオッチラやってきたじゃないか。これからも、ボクモなりの工夫で皆さんに楽しんでもらおうじゃないの。工夫はボクモの普通でしょ。...

照らすラジオ

ラジオの仕事をはじめてからもう28年くらい経ちます。現場のディレクターをやっていた頃とは違って、今は原稿を書いてメールで送るだけなのですが、相変わらずラジオを聴くことは好きです。 ボクモにいらっしゃるお客さまに聞くと、僕らより上の世代だとラジオを聴く習慣がある、あるいはあった方は多いように思います。 若い方はやっぱりあまり聴いていないですね。ショート動画文化の中にいると、音声だけっていうのがよくわからない、みたいな話も聞きます。 でも、たまに推しのアイドルや好きな芸人さんのラジオなら聴くという人もいます。やっぱり「強い人の発信」がこれからのラジオを支えるのだろうな、と思ったりします。 で、僕の好きな番組なのですが、その番組名を書こうと思ったのですが、今、なんだか急に恥ずかしくなってきました・・・。 冒頭で28年やってます、みたいに振りかぶったものの、それだけ長いことやっているヤツが聴く番組ってどんなもんじゃい、さぞご立派な、と思われやしないか。 なんだか、専門分野のコアな部分ってなんだかちょっと恥ずかしい。下着一枚になる感じがします。 考えすぎ? まあ、いいです。繕ったってしょうがない。 ラジオって、マスメディアのようであって、その実はもっとパーソナルなものです。送り手と受け取り手による、ひっそりとした価値観の交換の場所なのです。 だから番組のチョイスにもパーソナルな「癖(へき)」が出て当然なのです(と自分に言い聞かせる)。 と、随分もったいぶりましたが、僕が好きな番組のひとつは、TBSラジオの「安住紳一郎の日曜天国」です。 正確に言うと、ポッドキャストに上がっている編集版しか聞いていないので、日曜天国の番組の一部のファン、です。 こないだ、安住アナがTBSの役員待遇になったというのがニュースになっていましたが、ファン的には、そりゃそうだろ、と思います。 あんな喋りが出来る人をフリーにさせてしまったら会社の損失になるって普通思うよね、(ちょっと入れ込みすぎていて気持ち悪いですね、すみません)。 世の中で起きている大きなこと、小さなことを、自分の目線で伝える。そして、何気ない日常の一隅を照らす。日曜天国は、その技が素晴らしいのです。この番組を聴いていて、僕は「世間とは今こうなっているのかあ」と唸っています。 たぶん、安住アナが僕と同年代(正確には2つ上)ということもあるんだろうな。あ、そんな見方があったのか、といつもハッとします。 番組には様々なゲストが訪れるのですが、中でも僕の印象に残っているのは、国立科学博物館の田島木綿子さんです。 打ち上げられたクジラなど、海の哺乳類を解剖して研究している方で、ほんとうにお話が上手。 20年以上にわたり全国を駆け回り、流れ着いた延べ2000頭以上の海獣を解剖してきたという彼女の、圧倒的な経験に基づくお話、聴き入りました。 特に大阪湾に迷い込んだクジラのヨドちゃんの話、興味深かったです。 クジラが死んで海に沈むと、その海底ではものすごいご馳走のボーナスタイムが2000年くらい続き、生態系がガラッと変わるんですって。へーー!!!おもしろ! 日曜天国はいつも10点満点の楽しい放送ですが、楽しい喋り手に楽しいゲストが欠け合わさると、10×10で100点になります。これはラジオ以外のメディアでは出ないスコアです(僕にとって)。   先日、常連さんからこんな質問をされました。 「今度、環境にまつわる学者さんを呼びたいんですけど、どなたかいい人知りませんか?」 そう言ったのは、名古屋市の職員の方です。環境関係のお仕事をされていて市民向けのイベントづくりなども担当しています。 すかさず僕は言いました。 「僕が聞いているラジオにちょくちょく出ている田島木綿子さんって方、すごくお話面白いですよ。」 そしたら、こうなりました。...

我慢していた会をやります

我慢していたことをやろうと思います。 そろそろやっていい頃かな、と。 コロナ前は、ちょくちょくやってました。 何といっても需要がある。そして、やってる僕もわくわくする。 これは、継続してやるべきなやつだ。 そう思っていた頃にコロナがやってきて中断しました。 しかし、そろそろいいよね。 ね? やります。 それは・・・「独身ワイン会」!!!   実はね、最近カウンターでよく聞くのですよ。 「マッチングアプリって疲れる」っていう言葉を。 今や、結婚のきっかけランキングで1位になったアプリ。 ボクモの常連さんでもアプリで出会って結婚された方、何人もいらっしゃいます。 ただ、その一方でこんな声も。 「アプリで会った奴がとんでもなく嫌なことを言う奴だった」 「デートの約束の時間に現れず、連絡も取れず、結果、予約していた店で一人やけ食いをした」 「デートの後、すごく良い感じだと思って次の約束をしようと思ったら、音信不通になった」 どれもヒデー話です。 そっかあ。色んな人に会える分、予想外の摩擦も起きるかあ。 その摩擦にイテテテとなり、げんなりし、くたびれてしまう人、けっこういるんだな。 仮に僕ならどうだろう。 もし独身で、希望を抱いてマッチングアプリをやってみて、最後のケースの「今日のデート、感触良かったな。この人ならうまく行くかもしれないぞ、からの音信不通」となってしまったら。 いやいやいやいや、耐えられないです。だって舞い上がってから地に落とされるんですよ。確実に心が骨折します。 なるほどな、アプリ疲れをしている独身の皆さん、たいへんな思いをしておられるのですね。 じゃあ、この際いったんアプリは置いておいてもいいんじゃないか。 スマホ内の限られた(盛られた)情報で探すのではなく、目の前に何人も異性がいる「リアルなパーティー」で可能性を探ってみようではありませんか。 てなわけで、ボクモプレゼンツ、「独身ワイン会」、です! コロナ前は、せっかく色んな人が集まる飲食店をやっているのだから、普段出会えないような人が出会う場をつくる使命があるんじゃないかなんて思い、いろんな出会いイベントをやっていました。...

食べ物へのときめき

食べたいものが食べられる。飲みたいものが飲める。 考えてみたら、それって当たり前のことではないな、と思います。 ちょっと前のある日、ボクモの近所の病院で人工透析をしている方が、通院帰りに寄ってくださいました。 「本当は水分をとっちゃいけないから、よくないんだけどね。でも、どうしてもワインが飲みたい気分だったから」 そう言って、愛おしそうに、大事に大事にグラスを口に運ぶのを見て、ちょっと切ない気分になりました。 またある日、カウンターで「実はこの間、母親が亡くなってしまって。母親がつくる煮物がもう食べられないんだと思うと、寂しさを感じてしまいますね。」 そんな話を聞き、心がぎゅんと締め付けられました。 食べたいものや飲みたいものが、健康上の理由で、味わえなくなる。物理的に再現不可能になり、味わえなくなる。 僕も人生後半戦。これからはそんなことが増えていくのかな、と思います。 そう思うと、一回一回の食事をもっと大切にしなきゃ、と反省します。 飲めなくなって、食べられなくなったとき。 そのときに悔いが残らないように、今目の前にある食事をせいいっぱい味わうことができているだろうか。 いや、全然だ。 忙しさの中で、生命維持のため、空腹を満たすためになんとなく選択している食事がなんと多いことか。 飲食店をやってるのにこれじゃあダメです。食べ物や飲み物に対する構えが不真面目だ。 もっと向き合わなくては。 そうだ。自分の日常の中に「食べ物へのときめき」を積極的に入れていかなくてはいけないんだ。 待てよ。僕のときめきランキングで上位に入るあれ、季節的に今だった。 食べよう、ときめこう! あれとは、「朴葉寿司(ほおばずし)」です。 岐阜の方はご存じの方も多いと思います。 朴葉寿司は、柔らかい朴の新葉が手に入る初夏だけのぜいたく品。 地域によって、家庭によって、中に入れる具材はだいぶ違います。鱒、鯖、鮭、鮎、ふき、紅ショウガ、しそなどなど。 昔から、僕は岐阜出身の母のつくる朴葉寿司をこの季節に食べていました。 最近は義母(こちらも岐阜出身)が毎年つくって送ってくれます。 青二才の頃は「葉っぱにくるんだ山の寿司なんて地味だよなあ、マグロのにぎりの方がいいなあ」なんて思っていました。 しかし、年を経るにつれて「酢飯に移った朴の葉の香りがたまらん」となってくる。この時期に必要な香りになってくるのです。人間、熟すのも悪くない。 カウンターでそんな話をしていたら、岐阜出身の常連さんが、「うちの実家の近くの飲食店がつくった朴葉寿司、すごく美味しいんです。クール便で配送もやってますよ」と教えてくれました。それは聞き捨てならぬ。 というわけで今回、「お店の朴葉寿司」を取り寄せました。 箱を開けた瞬間、思わず笑みがこぼれました。なんと美しい。...

月一のバス

僕は基本的に店と家を往復する毎日です。 日曜日と火曜日は書く仕事をしていて、家から一歩も外に出ないこともあります。 時世が変わって、いろいろと動けるようになっても、僕の場合、まだそれほど行動範囲を変えることができていません。なんだかコロナによって「動き回る筋肉」がそぎ落とされてしまったのかもなあ、なんて思ったり。 ただ、最近ちょっと変化が起きたのは、月に1回バスに乗るようになったこと。 これまで、バスとはほぼ無縁の生活を送っていました。 もともと極度に乗り物酔いしやすい体質で、小中のバス遠足は酔い止め薬必須。手首にマジックテープで固定するおまじない的なバンドを、毎回「頼むぞ」と念じてはめていました。 最も苦手なのがあの特有の匂いです。あれを嗅ぐだけでげんなり。パブロフの岩須、いとも簡単に酔ってしまう。薬よ、バンドよ、もっと守ってくれたまえ。そんな願いもむなしく、毎度お決まりのように遠足の半日くらいは台無しになっていました。 そういう昔のネガティブな記憶はこびりつくもので、大人になってからも僕はバスはなるべく遠ざけていました。 しかし、こないだ市バスに久しぶりに乗ってみたら、びっくり。 まったく大丈夫なのです。 昔と比べてバスの匂いや揺れが少なくなったのか、加齢による鈍感力が増したのかは定かではありません。が、大丈夫なのです。 流れる景色を楽しむ余裕すらあります。 こっちの道は意外とすいてるなあ、とか、知らぬ間に新しい店ができたんだ、とか。 そのきっかけをくれたのは「いきつけの美容室の移転」です。 僕は自分の店を開店してから14年、同じ美容師さんに髪を切ってもらっています。その美容師さんが、今年の春、店を移転されました(正確には再独立、みたいな感じ)。 その店が地下鉄の駅からけっこう遠く、バスでないと通いにくい場所になってしまったのです。 バスかあ。これまでまったく生活に入ってなかったけど、乗ってみるか。 だって、14年も僕の頭の具合をわかってくれているということは、たいへん価値があることだもんな。40代も後半になってくると、良好な人間関係を継続することの尊さ、ひしひしと感じます。 予約を入れ、はじめて新店を訪れた日。 最寄りのバス停まで歩いて、バスを待つ。どの系列のバスに乗れば良かったんだっけ、とバス停の案内を見て確認する。待っている間に喉が渇いて、自販機でお茶を買う。 あ、これ新鮮だな、と思いました。バスを待つという小さな体験ですが、ルーティーンとは違うことをしているという、ちょっとした緊張感を伴う楽しさを感じます。 バスが来て、乗って、カードをタッチ。よし、うまく乗れた。 どこに座ろうかな。こっちは日が当たるから反対側かな。 あれ?バスが進まない。あ、そうか、僕が席にすっと座らないから、運転手さんが発車できないんだ!バスの先輩のみなさん、ごめんなさい。 座ると、流れる景色がちょっと高い。遠くまで見える。あ、あのコンビニはチョコザップに変わったんだ。 そうだ。自分が降りるバス停、どこだっけ。復習しておかなきゃ。ええっと飯田町だ。平田町の次ね。よしよし。 止まりますボタン、近くにふたつあるけど、どっちを押そうかな。 よし、次が飯田町だ、と思った瞬間、やられた! 前に乗ってる白髪パーマのおばちゃんに先を越された。早押しに負けて、なんだか悔しい。来月はぜったい負けないぞ。 バスを降りて歩く道。...

感動の仕組み

最近、わかったことがあります。 「人はなぜ感動するのか」ということ。 いや違う、「人は」ではなく「僕は」です。自分が感動するときの仕組みがわかったのです。 手元にある旺文社の国語辞典によると「感動」とは、「深く物事に感じて心が動くこと」とあります。 そこにある言葉を加えると、感動という現象が起きる仕組みが説明できることを発見しました。 それは「その物事の当事者であるという意識を持っていたとき」。 当事者として、今目の前で起きていることに巻き込まれていると思っているとき、心は強く揺さぶられるんだ、と思ったのです。   例えば、運動会で一生懸命組み体操をやる子どもを見て、親が泣けてくるのは、産まれてからここまで育てた当事者だから。 映画で感動するのは、登場人物の中に自分と同じ感性を持つ人を重ね合わせ、疑似的な当事者になれるから。 当事者でなければ、身のまわりで起きる出来事はだいたい他人事。 でも、自分が関わっている、と感じると、一気に自分事になる。そして感動が起きる。 そんな考えを導き出すに至ったある体験を、今週しました。   場所は、Zepp Nagoya。ライブハウスです。 僕は以前、ラジオ番組のディレクターをやっていました。 あれは29歳のとき。生放送終わりで、当時の上司からたまたまあるバンドのCDをもらい、スタジオでそれをかけてみました。 「ちょっと待て、これは凄すぎるぞ。」 次の日から毎日そのバンドのCDを番組でかけました。そして、どうしてもそのバンドと一緒に番組がやりたいと企画書を書きました。当時の彼らは19歳です。 たまたまうまく転がって、メジャーデビュー前の半年とデビュー後の半年、深夜番組をいっしょにやらせていただきました。 栄の観覧車の中でのロケや、テレビ塔の下でメンバー自らによる街頭インタビューもやりました。企画の罰ゲームでセンブリ茶やノニジュースもいっぱい飲んでもらいました。ボウリングにもよく行ったなあ。 彼らのライブはいっぱい見ました。年を追うごとに会場が大きくなり、ell.FITS ALLから、Zeppになり、あっという間に日本ガイシホールになりました。 僕は店をはじめ、ディレクターを辞め、業界の人ではなくなりました。それでも彼らとスタッフの皆さんは優しくしてくれています。ありがたいです。 そして、今年はワールドツアー。 北米ツアーに次いで、ヨーロッパツアー。SNSに上がってくる現地のライブレポートを見て驚きました。現地のファンが押し寄せ、大合唱している。BTSと彼らくらいしかこの現象はない、と現地スタッフが言っていたそうです。 そして、ヨーロッパから日本に戻ってきて、今やっているのがライブハウスのツアーです。 すでにドデカいホールやドーム会場クラスの彼らが、バック・トゥ・ザ・ライブハウス。そのツアーの初日が名古屋でした。 そして、「感動」です。...