マッスル問題

マッスルというと、一般的には筋肉(muscle)のことを言うのでしょうが、ニュージーランド界隈では、マッスル=ムール貝です。

綴りはmussel。ニュージーランドでは貝殻が緑っぽい色をしたグリーンマッスルがよく食べられています。普通のムール貝に比べて実が大きく、食べ応えがあります。

ボクモでは「ニュージーランド産マッスルのパン粉焼き」が定番メニューで、たまに白ワイン蒸しもやります。いずれも白ワインがよき相棒となります。

しかし、そのマッスルが、今、僕を悩ませています。

先日、東京で行われたニュージーランドワイン試飲・商談会で、いろいろな会社のブースが出ていたのですが、その中にワイン以外にニュージーランド産マッスルを輸入している商社のブースがありました。

試食したら、これが旨い。潮の風味がしっかりとあり、食べ応えも申し分ない。ぶりんぶりんです。試飲会場が海辺のシーフードレストランになりました。

「現地で特殊な方法で加熱し、それをチルド(冷蔵)で日本に輸送しているんですよ。」と担当者。

この手の輸入食材は基本的に冷凍ばかりなのですが、なんとチルドとな。道理で風味が強いわけだ。

よし、これまで使っているマッスルからこれに乗り換えよう。

そう思って、名古屋に戻り、商社から卸売業者を紹介してもらい、その卸売業者と新規取引のための手続きをしました。

サンプルを1パックいただいたので、さっそくシェフと一緒に味見&新作メニューの試作に取りかかります。

そこで困ったことが起きたのです。

この新しいマッスル、単体だと潮の風味が強くて美味しいのですが、ワインと全然あわないのです。

「ワインによって生臭さが増強されてしまう」という現象を経験したことがある方も多いと思いますが、まさにあれです。

どんぴしゃの相棒であってほしい白ワイン、特にソーヴィニヨン・ブランを飲むと、絶望的に生臭さがアップしてしまうのです。

これはイカンです。

お客さんは、ニュージーランドのシーフードとニュージーランドのソーヴィニョン・ブラン、いいじゃない、現地に行った気分だねえ、なんて合わせてみたら、全然相性がよくない。喧嘩しまくり。これじゃあ困ります。

せっかくいい食材に出会ったのに、残念ながら不採用か・・・

と、ならないのが、ちょっとワインを知ってる岩須くん。

そう。

実は、このワインが生臭さを引き上げてしまう現象は、すでに理由が解明されており、解決方法はあるのです。

生臭さの発生のメカニズムは、この研究の第一人者であるメルシャンによるとこうです。

魚介類に含まれる過酸化脂質が、ワインの中の二価鉄イオンと反応すると、瞬時に脂質の酸化がはじまり、不快な魚臭のする成分である(E,Z)-2,4-ヘプタジエナールが発生する。

ざっくり言えば、鉄分の多いワインと過酸化脂質が多い食べ物をあわせたときに、生臭い成分が一気に増える、という感じです。

貝類は、過酸化脂質を蓄積しやすく、中でもホタテの干物は代表的な過酸化脂質を多く含む食品として知られています。もし、生臭さを体感したい方は、コンビニなどで売っている乾燥ホタテのおつまみで試してみてください。とんでもないことになりますので。

今回のチルドマッスルも、おそらく過酸化脂質をしっかり含んでいると言うことなのでしょう。そして、NZソーヴィニヨン・ブランには鉄分が入っているのだろうと推測できます。

それを踏まえると、解決方法は二つあります。

 

(1)鉄分があまり含まれていないワインをあわせる

(2)マッスルの調理法を工夫する

 

(1)は、シンプルですがちょっと大変です。ワインの裏ラベルの成分表示を見ても、鉄分含有量の記載はありません。ひとつひとつ実際にあわせてみて、確認するより他にないということになります。

ソーヴィニヨン・ブランがだめなら、シャルドネ。その次はピノ・グリ。いや、ロゼはどうだろう。はたまた赤のピノ・ノワールも試しておこう。待てよ、いい品種が見つかっても、別の生産者のものだったらダメというパターンもあるかも。いやーん、酔っ払っちゃう。

(2)は、これまたメルシャンの研究で明らかになっているのですが、油分を含んだ料理だと、生臭みが抑えられるのです。

パン粉焼きやシンプルな白ワイン蒸しだとオイリーさが足りないので、バターとかオリーブオイルをしっかりと使った料理にすれば良さそうです。でも、素材の美味しさを損なわない程度にしなければいけないから、さじ加減が難しそうだ。

というわけで、(1)と(2)を、今、シェフと一緒に同時進行でやっています。

せっかく風味の強い、ぶりんぶりんの美味しいやつに出会ったので、「料理単品でも美味しく、ワインとあわせるとさらに美味しい」となるまで、もうちょっと時間をかけたいと思います。

出来たらまたこちらでご報告します。お楽しみに〜

この記事の筆者

岩須
岩須 直紀
ニュージーランドワインが好きすぎるソムリエ。ラジオの原稿執筆業(ニッポン放送、bayfm、NACK5)。栄5「ボクモ」を経営。毎月第4水曜はジュンク堂名古屋栄店でワイン講師(コロナでお休み中)。好きな音楽はRADWIMPSと民族音楽。最近紅茶が体にあってきた。一般社団法人日本ソムリエ協会 認定ソムリエ。
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