この記事では、ニュージーランドでワインづくりを行う、注目の「日本人生産者」をご紹介します。
どの方もとても個性豊かで、彼らがつくるワインはNZの中でトップクラスであると言っても過言ではありません。
NZは、まだまだワインの歴史が浅い国。しかし気候や土壌がワインづくりに非常に適していることから、その存在感を年々大きくしています。
また「オーガニック大国」と言われるほど環境への意識が非常に高く、ワインもそのほとんどがサステイナブルやオーガニックの環境下でつくられています。
そんなNZには、世界各国から高い技術と情熱をもったワインメーカー(生産者)たちが集います。それは、自然環境以外にも「NZだからこそ」という理由があるのです。
まず1つ目は、NZがいわゆるニューワールドに分類される国であるということ。フランスをはじめとするワイン伝統国のように代々受け継がれる畑や厳しいルールも少ないので、国や地域にゆかりのない人でも比較的自由なワインづくりができるのです。またNZはもともと、世界で1番「起業しやすい国」とも言われていて、新しいことをはじめる人を応援する仕組みや雰囲気があります。
そして2つ目の理由は、ぶどう栽培や醸造について学べる「リンカーン大学」があること。実際、NZのワインメーカーの多くが、同大学の卒業生です。リンカーン大学があるおかげで、今まで全く関係のない仕事をしていた人たちでも、1からワインづくりを学ぶことができるのです。
今回ご紹介する日本人の生産者(醸造家やオーナー)も、異色の経歴をもつ方々ばかり。
繊細でまじめな気質である日本人生産者が、NZでつくり出すワインは、国内外で高い評価を受けています。
ご紹介する順番は、五十音順です
大沢 泰造さん(大沢ワインズ)
大沢泰造(たいぞう)さんがオーナーを務める、「大沢ワインズ(Osawa Wines)」はNZ北島のホークス・ベイにある、ブティックワイナリー。
大沢さんは父が経営していた建設会社に就職し、45歳で代表取締役社長に就任にしました。その後、不動産事業等を行う会社を設立し、現在もその代表を務めるなど多岐にわたり活躍されています。
そんな大沢さんのワインづくりのきっかけは「海外で農業をする」という少年の頃からの夢。その夢を実現するために、海外の様々な農業国を視察し、理想地であるNZでワインづくりをスタートさせました。そして55歳で念願叶い、ホークス・ベイの羊の放牧地だった土地を購入。その土地をぶどう畑として開墾し、2006年にぶどうの樹を初めて植えました。大沢さんのこの挑戦は、ご自身の著書「55歳の男がゼロから海外で農業をはじめ、奇跡のワインを造った話」に詳しく書かれています。
大沢ワインズは設立当初より「安全で美味しいワイン造りは、最高のぶどうを作る事から始まる」という信念を持ち続けており、除草剤、殺虫剤、化学肥料の使用を最低限に控え、なるべく手作業でワインづくりが行われています。
ちなみに大沢ワインズのワインは、滋賀県米原市にあるガーデン施設「ローザンベリー多和田」で直接購入ができます。ここは大沢 泰造さんの奥様である恵理子さんが代表を務める本格的な英国式庭園。本場NZのセラードアのような試飲・直売所ではワインのほかに、マヌカハニーやオーガニックティーなどのNZの特産品も多数扱っています。
岡田 岳樹さん(フォリウム・ヴィンヤード)
岡田さんが営むワイナリー「フォリウム・ヴィンヤード(Folium Vineyard)」はNZ南島のマールボロにあります。「フォリウム」というワイナリー名は、ラテン語で「葉」という意味。そこには、自然に敬意を払う岡田さんの思いが込められています。
岡田 岳樹(たかき)さんは、1978年東京生まれ。北海道大学農学部を卒業した後、カリフォルニア州のデイヴィス校で本格的なワインづくりを学びます。
その後NZへと渡り、2004年にフランスのロワールの名門「アンリ・ブルジョア」がNZで手掛ける「クロ・アンリ」に入社し、2006年にはその栽培責任者になりました。そして同社で6年間働いた後、2010年に「フォリウム・ヴィンヤード」を立ち上げます。
「高品質なワインを造る一番の近道は高品質なブドウを育てること」という信念のもと、畑での徹底した収量制限、除葉を行い、ぶどうを栽培。そして、秋には完熟した果実を全て手摘みで収穫し、丁寧に選果するのです。
岡田さんがつくるソーヴィニヨン・ブランは、ハーブやトロピカルフルーツが全面に出るNZの代表的なタイプとは異なり、酸が主体で、フレッシュなフルーツの香りが柔らかく繊細に香るワイン。その為、食事との相性もばっちりです。
他にもピノ・ノワールなど、岡田さんのワインには共通して、自身が敬愛するブルゴーニュワインのように、しっかりした骨格の酸味と、長い余韻が感じられます。
木村 滋久さん(キムラセラーズ)
木村 滋久(しげひさ)さんは、ご夫婦で「キムラセラーズ(KIMURA CELLARS)」を営んでいます。
木村さんは1973年東京生まれ。ザ・キャピトルホテル東急(旧キャピトル東急ホテル)に10年間勤務し、レストランのサービスを担当、その時にソムリエ資格も取得します。そして、フランスのワイナリーを訪れた時に、現地のつくり手たちの情熱や高品質なワインに魅了され、ワインづくりを志すようになりました。
その後、2004年にNZに渡り、リンカーン大学でワイン醸造やぶどう栽培学を学びます。そして「クロ・アンリ」や「ヴィラマリア」などのワイナリーで経験を積み、さらにオレゴン州での醸造の修行を経て、2009年にマールボロの地で「キムラセラーズ」を設立しました。
奥様の美恵子さんはワイナリーの設立年よりぶどうの栽培や醸造について学び、その後ヴィラマリアの醸造チームで修行を積むなどして、キムラセラーズのワインづくりを支えてきました。
同ワイナリーでは、「造り手の顔の見えるワイン」「消費者に近い距離の生産者」をコンセプトに、オーガニック農法にこだわった丁寧なワインづくりを行っています。
2018年には、ソーヴィニヨン・ブランの自社畑を購入し、2021年にNZのオーガニック認証であるBio-Gro(バイオグロ)も取得しました。
さらに、ピノ・ノワールでは、世界で最も影響力のあるワインコンクールの一つである「インターナショナル・ワイン・チャレンジ (IWC)2020」で、見事ゴールドメダルを獲得しました。
木村さんの目標は、「沢山の笑顔が溢れるワインを造ること」。
そんなキムラセラーズのロゴは、NZの象徴的な植物である「シダ」の新芽をサクラで描いたもの。シダには、「新しい始まり」「調和」などの意味があり、ワインは結婚記念日などに使用されることも多いそうです。
来日される時は、いつも顔を見せてくれている木村さん。腰が低くて真面目なその人柄が、ワインにも現れていると思います。木村さんが目指す「みんなが笑顔になるワイン」というコンセプトも、飲み手のことを意識した元ソムリエならではのものですね。
楠田 浩之さん(クスダ ワインズ)
楠田 浩之(ひろゆき)さんは、日本人で最初にNZでワインづくりをはじめた人です。
1964年生まれの楠田さんは、大学卒業後は富士通に勤務し、その後シドニー総領事館へ。しかしワイン好きなお兄さんに影響を受け、30歳のときにワイン醸造家になることを決意します。
そしてドイツへと渡り、ガイゼンハイム大学でぶどうの栽培学・ワインの醸造を学び、同じ大学で学んでいたカイ・シューベルト(シューベルト ワインズ)の誘いを受け、学位論文を完成させるため2001年にマーティンボロに家族と共に移住しました。
そして、同年10月、畑や設備もなにも無い中「クスダ ワインズ(KUSUDA WINES)」を設立します。当初は、なにもかもが手探りの状態ではじめたそうです。その後幸いにも、2haほどの小さな土地を借りることができ、2002年に初ヴィンテージをリリースしました。
現在楠田さんは、3.8haの土地を所有し、ピノ・ノワール、シラー、リースリングを栽培しています。クスダワインズでは、スタッフを一人も雇わずに楠田さんがほぼ一人でワインづくりやワイナリーの運営業務を行なっています。
楠田さんが一番好きな品種は、ピノ・ノワール。そんな楠田さんの長年の夢は「世界でトップレベルのピノ・ノワールをつくること」でした。その夢はNZに渡ってから20年近くが経ったいま、実現しつつあると言えるでしょう。
クスダ ワインズのピノ・ノワールは、世界で最も著名なワイン評論家ロバート・パーカー氏が創刊したワイン・アドヴォケイト誌で93+を獲得。
また、NZの著名なワイン評論家ボブ・キャンベルが主導するThe Real Reviewというテイスティングチームから毎年発表される、NZワイナリーランキング2021版ではクスダワインズが見事1位に選ばれました。
クスダワインズのワインは、世界中でかなりの高額で取引され、入手困難となっています。ピノ・ノワールが有名なクスダ ワインズですが、その他シラー、リースリングも人気です。
小山 浩平さん(グリーンソングス)
画像提供元:(株)サザンクロス
NZのワイン生産者には、小山さんがお2人いらっしゃいます。区別する為、記事内ではファーストネームで紹介させて頂きます。
小山 浩平(こうへい)さんは、自然環境に配慮したワインづくりや、生活を大切にしている生産者です。
1976年生まれ、青森県出身の浩平さんは東京大学を卒業後、証券会社に11年間勤務。赴任先のロンドンでワインに魅了され、醸造家を志すことに。それは、もともと浩平さんの母方が山形の酒造の家系であり、小さい頃からお酒が身近な存在であったことも影響していたようです。
会社を退職後、2011年NZに渡り、リンカーン大学でぶどう栽培学とワイン醸造学を学びます。そして同大学を首席で卒業。
学校卒業後は、NZやカリフォルニアでワインづくりを学び、2014年「アタマイビレッジワインズワイナリー」を設立。そこは、地球環境にできるだけ負担の少ない暮らしを共通の目的とし、果樹園や農場などが共同で運営されている小さな村です。
画像提供元:(株)サザンクロス
そして、2017年から自身の活動の幅を広げるべくワイナリー名を「グリーンソングス(Green Songs)」に変更し、より一層自由な発想でワインづくりに取り組んでいます。
引用元:グリーンソングス公式サイト
また浩平さんは、ワイララパ地方、グラッドストーンにある「アーラー(URLAR)」というワイナリーの栽培醸造責任者でもあります。「アーラー」は、鹿児島県の西酒造8代目当主である西 陽一郎さんがオーナーを務めるワイナリー。アーラーでは、自然界に最大の敬意を払う「バイオダイナミック農法」でぶどうが栽培されています。
現在浩平さんは、このグラッドストーンを中心に活動し、グリーンソングスのラインナップも更に充実させ、ワインづくりの幅を広げています。
小山 竜宇さん(コヤマ ワインズ)
小山 竜宇(たかひろ)さんは、NZ南島でも注目を集めるワイパラで「コヤマワインズ(Koyama Wines)」を営んでいます。
1970年神奈川県生まれの竜宇さんは、お父様の仕事の関係で幼少期〜中学生まで台湾・台北で育ちました。その後、シアトルの大学でビジネスを学び、イベント会社に勤務します。しかし「ものづくりに携わりたい」という強い気持ちが忘れられず、退職。そして、ワイン醸造家への道を歩み始めます。
2003年からリンカーン大学でぶどう栽培学とワイン醸造学を学びつつ、2004年からはピノ・ノワールで評価の高いワイナリー「マウントフォード・エステート」でアシスタント・ワインメーカーとして働き始めました。
さらにイタリアやドイツでも修行を重ね、世界各地で技術を磨き、2009年に自身の「コヤマ ワインズ」を設立。
竜宇さんは、「素晴らしいワインは、素晴らしいぶどうから生まれるもの」という信念を持ち、自分のワインをつくるならこの地しかない、と望みをかけた畑で、こだわりのピノ・ノワールとリースリングの栽培をはじめました。以来、土地に寄り添いながら自らのスタイルを表現したワインづくりに力を注いでいます。
また、2017年には経営難で衰退しかけた古巣のマウントフォード・エステートを買収し、同ワイナリーのオーナーに就任しました。現在はその2つのブランドで、それぞれ違う魅力のワインを世界に届けています。
僕の店の常連さんでたまたま小山さんという方と結婚した女性がいらっしゃって、その方は結婚の引き出物にこの「コヤマ・ワインズ」を選んでいました。とっても粋だなあと思いました!
現在は新たに設立した「タカケイ ワインズ」でワインを生産されています。
佐藤 嘉晃・恭子夫妻(サトウワインズ)
佐藤 嘉晃(よしあき)さん、恭子さん夫妻は、セントラル・オタゴ地方で「サトウ ワインズ(Sato Wines )」を営んでいます。
かつて同じ銀行に務めていた佐藤夫妻。元々ワイン好きの2人ですが、赴任先のロンドンで世界のワインの魅力に触れ、ワインづくりの道を進むことを決意しました。
そしてNZに渡り、2007年よりリンカーン大学でワインづくりを学びます。その傍ら、2人はNZワインの名門中の名門である「フェルトン・ロード」に勤務し、ワインづくりのキャリアを積みます。
その後、2009年に嘉晃さんは「マウントエドワード」に移籍し、ワインメーカーで勤務すると同時に「サトウワインズ」を設立。恭子さんは、今でも「フェルトン・ロード」での勤務を続け、スーパーバイザーとして従事しています。
ワイナリーがあるセントラル・オタゴ地方は、世界最南端とも言われるワイン産地です。非常に冷涼で乾燥しているこの地方では、香り豊かで高品質なぶどうがつくられ、世界のワインファンが認める有名産地となっています。サトウワインズはナチュラルなワインづくりを信条とし、「バイオダイナミック農法」でぶどうを育成しています。
▶サトウワインズ公式サイト ※現在HPは工事中です
寺口信生(しのぶ)さん(MUTU、M by Shinobu)
「MUTU 」とは、ニュージーランドの先住民であるマオリの方々の言葉で「真髄」「エッセンス」を意味しています。
マオリの文化をリスペクトした MUTU というネーミングに日本語の「睦」という漢字を当てています。
「仲睦まじい」という言葉があるように、友情や繋がりといった意味があるこの漢字をつけることで、ニュージーランドと日本の架け橋、新しいワイン体験という意味合いも込めています。
このワイナリーのオーナーは、日本人醸造家・寺口信生(てらぐちしのぶ)さん。
寺口さんは、50歳になる2017年、長年の夢を叶えるためにニュージーランドへ渡り、ホークスベイで醸造家としての道を歩み始めました。
そして2021年、自身のブランド「MUTU 睦」をリリース。濃密な味わいのシャルドネやカベルネ・フランは、リリース後すぐに日本で人気となりました。
しかし、2023年2月、ニュージーランド北島をサイクロン「ガブリエル」が襲います。
日本ではほとんど報道されませんでしたが、ニュージーランドでは国家非常事態宣言が出されるほどの大惨事となったのでした。
このサイクロンによって、寺口さんのワイナリーとぶどう畑は壊滅的な被害を受けてしまいました。
手間暇かけて育てたぶどうの収穫を2週間前に控えたこの自然災害を目の当たりにして、寺口さんは呆然となったと言います。
去年、寺口さんにお会いして、お話をうかがいながら、被害状況が写った写真を見せていただきました。やはりどこか寂しげな表情をされていると感じました。
しかし、そこでへこたれないのが、日本人ワインメイカーの根性!
現在、自分のワイナリーを失った寺口さんは、別のワイナリーを手伝いながら、再起のために奔走しているとのこと。
一度すべてを失った今だからこそ、新たな取り組みを考えているという寺口さん。その姿はたいへんたくましく感じます。
ボクモワインでは、寺口さんのワインを日本の方々に少しでも多く届けることで、寺口さんの再起を応援しています。
まとめ
今回紹介した日本人生産者の中には、過去にワインづくりとは畑違いの仕事をしていた方も多くいます。また、年齢にとらわれずワインづくりに挑戦した人もいます。
そういったチャレンジ精神を持った人をしっかり受け止めるシステムが用意されているのが、ニュージーランドの素晴らしいところ。リンカーン大学でワインづくりを学ぶことができ、また外国人の小さな資本でも起業がしやすい風土が整っている。こうした環境作りは、新しくチャレンジする人を応援し、自国の産業を盛り上げてもらおうというNZ政府の明確な意図を感じることが出来ます。
そして、そんなチャレンジ精神旺盛な日本人生産者たちは、自分たちの独自色を出すために、自らの信念をしっかりと持ち、真摯にワインづくりに向き合っている人ばかり。
彼らのワインは大量生産品ではないため、決して手に取りやすい価格帯の物ではありません。しかしその分、それぞれの日本人たちの思いがこもった手作りワインばかりです。そのようなワインを飲むことは、遠く海を隔てた地でチャレンジする日本人を応援することに繋がると思います。
もしかすると、彼らのワインは今後、ますます人気が出てくるかもしれません。そうなったら、お値段も、ちょっと上がってしまうかも・・・・そう考えると、NZの日本人醸造家のワインは、今が買い時!?なのかもしれませんね。