いつもと違うのは、初めての山だったということ。そして、雨上がりで山全体がしっとり濡れていたということ。
選んだルートは沢道。
後から考えたら、この選択が素人まるだしだった。
登り初めてすぐ、これはいつもと様子が違うぞと思った。濡れた岩と落ち葉が、まるでトラップのように足元に広がっているのだ。
慎重に歩く。濡れた岩に滑っておっとっと。濡れた落ち葉に滑っておっとっと。なんとか両手のポールのおかげで体勢を保ち、踏みとどまる。
そして登頂。
達成感に浸り、しばし休憩する。汗で体が冷えてくる前に、下山しなければ。
しかし問題はここからだ。下りは登りよりも転びやすいということは、いくら素人の僕でも知っている。でも大丈夫、2本のポール師匠が僕を支えてくれるはずだ。
ただ、小川の沢沿いはただでさえ岩が濡れている。そこに雨が染みこんで、濡れ濡れだ。危ない。ずるずるっと靴が横移動するが、なんとか踏みとどまる。
それを十数回繰り返したが、なんとか進んでいる。あれ、これは、ギリギリのところで行けちゃうパターンなのではないか?そう思いかけた、その瞬間。
岩の上に覆い被さった落ち葉に体重を乗せた。落ち葉がシュリーンとズレた。そして、濡れ濡れの岩の上を靴が盛大にスライドする。ポールは岩に弾かれている。
あ、転ぶな、と気づいたときにはすでに転びの最中だった。尻が岩にぶつかる。足が宙を舞う。
動きのすべてがスローモーションだ。心の中で実況中継が始まる。
「さあ、バランス崩壊、転倒がはじまった。いきなりヒップが地面にヒット! その衝撃で体が反転、足が空を指している!おおっと これは、非常にかっこ悪いフォームだ。続いて、背中で斜面を滑っているぞ、どうだ、どこまで落ちるか、止まるか、止まったー!」
静寂。
よし、どうだ。起き上がってみる。
宇宙の法則に身を委ね、地球の重力に導かれ、ダサい体勢で大地と一体化したその結果やいかに。
判定はどう出るのか!?
え、判定って?そりゃもちろん、怪我の程度がいかほどかってことだ。
起き上がる。尻と足首がちと痛い・・・でも、立てる。そして、歩ける。
やった!これは、これはいわゆる、セーフだ!
捻挫も骨折もない、正しいコケ。
誰もいない山の中で、セーフティーコケをやり遂げることに成功したのだ、わたくしは!
それにしてもニュージーランド渡航前のこのタイミングで、失敗していたら危なかったぞ。
てか、雨上がりの山登り、しかも沢ルートを舐めるんじゃないよ、初心者おじさん。海外大冒険の前に、やっていい近場の小冒険じゃないでしょうが。