奥渋谷の静かな路地裏に、一軒のワインバーがあります。
名前は「Bar Bossa(バール ボッサ)」。
オーナーの林伸次さんはお店に立つ傍ら、著述業でも活躍する人物です。
webメディアでは複数の連載を持ち、書籍も数多く出版。
そしてその発信力は、bar bossaの経営に大いに役立っています。
バーのマスターならではの観察力を生かした、ユニークな切り口で綴るコラムや恋愛相談は多くの人を惹き付け、大変注目されています。
林伸次|PROFILE
1969年徳島県生まれ。渋谷のワインバー「bar bossa」店主。中古レコード店、ブラジル料理店、ショット・バーで働いた後、1997年「bar bossa」をオープン。
バーを経営する傍ら、著作家としても活躍。cakesで歴代閲覧数No.1の連載「ワイングラスの向こう側」や、note「bar bossa林伸次の毎日更新日記と表では書けない話」、LEON「美人はスーパーカーである」などで多数の連載を持つ。
主な著書に「恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。(幻冬舎)」や「バーのマスターはなぜネクタイをしているのか?」など。
Twitter: @bar_bossa
そんな林さんが2019年11月、一冊の本を出しました。
「なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか」
この本は、今、東京で人気を集める飲食店20店に取材を行い、
- なぜ、あの飲食店は繁盛しているのか
- 繁盛しているあの飲食店はいったい何がすごいのか
など、林さん独自の視点でまとめられたインタビュー集です。
お店を経営することの喜びや醍醐味、そしてその裏側にあるリアルな経営事情など、これから飲食店を始めたいと考えている人にとっては、より開業を具体的にイメージしやすくなるような一冊。
そしてこの本の発売とともに、林さん自身のnoteやSNSでこんな発信がありました。
インタビュー初めての方でも結構です、僕の新刊をnote等で取材してください|林伸次 @bar_bossa #note https://t.co/zZUhy0JHlK
— 林 伸次 (@bar_bossa) November 25, 2019
この驚きの企画発表に、当サイトの運営・監修を勤めるソムリエ岩須も即座に反応!
実は岩須も、こんな林さんのスタイルに、以前より影響を受けていた一人でした。
というのも、林さんと岩須には多くの共通点があったからです。
岩須も飲食店経営をする傍ら、当サイトの運営・監修、ラジオの構成作家など、その活動は多岐にわたります。
ワイン、飲食店経営、バーのマスター、そして書く仕事。
そんな部分を林さんの姿と重ね合わせていたのです。
とはいえ、すぐに東京へ行くことは出来ませんでしたが、諸々のタイミングを測り、ようやく取材・インタビューが実現!
場所はもちろん、Bar Bossa。
(※対談形式のインタビューという形を取らせていただきました。)
新刊にまつわるエピソードや、現在のスタイルに至るまでのこと、ちょっと聞きにくいことなどなど。たくさんお話を伺ってきました。
少し趣向を転換させての特別企画、楽しんでいただけると幸いです!
この記事の取材は新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言前の2020年2月6日に行ったものです。
「なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか」ができるまで
岩須:それではよろしくおねがいします。まず、林さんのことを知らない方のために改めて、この本を出そうと思った経緯について教えていただけますか?
林さん:はい、ちょっと長くなりますが。元東京都知事の猪瀬直樹っていますよね。僕は彼のことがすごく好きで、著作はほぼ全部読んでるんです。彼がまだ無名時代に「日本凡人伝」っていうインタビュー集を出してまして、その本には有名人も出てくるんですけど、いわゆる「普通の人」にも話を聞いていて。それを読んで「インタビューってこんなに面白くなるんだ、僕もいつかインタビュー集を出したい」と思ってたんですけど、なかなか企画が通らなかったんですよね。そんなとき旭屋出版さんの「カフェレス」っていう雑誌で連載をやらないか、というお話が来ました。
岩須:カフェレス、有名な飲食業界誌ですよね。
林さん:そうです、そうです。最初は多分、飲食店コラムみたいなのを希望されてたんです。でもこれ、チャンスだなって思いまして。せっかくだからただのコラムじゃなくて、いろんな人にお金の事を含めてちょっと切り込んだ感じでインタビューしてみようと。業界誌ですから、お店をやりたい人が読むようなインタビューができないかな、という感じで。それで実際に連載して、一冊の本にまとめたんです。なので、最初から書籍化ありきでした。
岩須:そうだったんですね。掲載するお店のチョイスはどのようにされたんですか?
林さん:まずは僕の知ってるお店や好きなお店から、こんな人にお話を聞いたら面白いだろうなっていう感じで選んでたんです。でも編集部と話して、もう少しバランスを取りましょう、となって。
というのも、僕の知ってるお店だとどうしてもワインとか音楽のお店ばかりになりがちなんですよね。もっと蕎麦とか寿司、焼鳥や天ぷらなんかも紹介した方が、読んでる人にとってもバランスがいいだろうという話になりました。
岩須:じゃあ、出版社からの提案もあったんですね。
林さん:はい、「この店行ってみてくれ」っていう提案もありました。例えば僕、いま蕎麦屋が好きで。
岩須:みたいですね(笑)note読んでると毎日食べてますよね。
林さん:あ、読んでくださってありがとうございます(笑)ほんと蕎麦屋には可能性を感じてるんです。でも、若い人がやってるお店で「これ」というところがなかなか見つからなくて。やっぱり蕎麦屋は、ちょっと古いところの方が、良いお店が多いんですよね。何とか見つけたいと思ってたくさん回るうちに「あ、ここいいな」というお店と出会えて、無事掲載できました。ただ、焼鳥屋も何軒か回ったんですけど、この本で紹介したいって言うお店は見つかりませんでした。そういう紆余曲折はありましたね。
岩須:取材の前にお客として行って、掲載を判断するんですか?
林さん:そうです、お客としてすごくたくさん行きましたね。掲載基準は「若い」「新しい」、あと「儲かってる」(笑)
岩須:儲かってる(笑)
林さん:そうなんです(笑)というのもこの本は、いま仕事で悩んでる人に「飲食店を始めたら結構儲けられるんじゃないか」っていう提案なんです。
裏テーマは「300万でお店を始めて年収1,000万」
林さん:この本、300万でお店を始めて年収1,000万を超えるっていうのを裏テーマにしてて。もちろん簡単じゃないのは知ってるんですけど(笑)
岩須:なるほど〜。ちなみに僕は10年前に自分の店を始めたんですが、そういう本はすごくたくさん読んで、めちゃくちゃ影響されました。「日経レストラン」や「月刊食堂」なんかもよく読んでました。あと雑誌で「○○円で開業できる」っていう特集があるじゃないですか。そういう「開業本」は、当時50冊くらいは買ったかなあ。
林さん:実は僕もこの本を作り始めて、「開業本」っていうジャンルがあることに気付きました。このジャンルって一定数、必ず売れるらしいんです。世の中には、飲食店をやりたいっていう人がたくさんいるらしくて。でも本を買っても、なかなかやらない。休日になんとなく読んで「こんな風に喫茶店やりたいなあ」って思いながら過ごす人が多いみたいで。
岩須:こういう本って、成功したお店ばかり載ってて失敗例が書いてないから、できるかもって思いますよね。
林さん:そう、それでやっぱり失敗しちゃうっていう話も、この本を作ってる間にたくさん聞きました。でも失敗した人の話は載せられないですから(笑)
岩須:僕もラジオ業界にいたから、自分の店を作るときは全く異ジャンルのことだったんです。でもこういう開業本があることで、やりやすい部分はありますよね。ただもちろん失敗するリスクもあったので、当時は「この本にはこう書いてあるけど、こっちには違うことが書いてあるなー」って思いながら読んでました。だから、もうちょっと早くこの本に出会ってたら、僕はイニシャルコストをもっと抑えただろうなって(笑)
林さん:それはみんな言いますね(笑)ちなみに岩須さんは、飲食店ではどこにも勤めずに始められたんですか?
岩須:いえ、1年くらい準備期間があったので、実は一時期新宿の飲食店で働いてました。でもお金がなくなっちゃって、名古屋に戻ってラジオのディレクターをやりながら、イタリアンレストランでバイトして。そこでホールとキッチンを教えてもらったんです。
林さん:それは「いずれ辞める」って言って入ったんですか?
岩須:入る時は言わず、途中から匂わせ出して…っていう感じですね(笑)
林さん:(笑)
岩須:最初から辞める前提だとなかなか採用してくださらないですよね。当然、逆の立場だったら「ムム」って思うし。でもありがたいことに、その時お世話になったお店とは今もいい関係を築かせてもらってます。
林さん:そうですか、それはよかったですね。だいたい、何か中途半端な関係になりますからね。僕がバーテンダーの修行をしたお店は「自分でやりたいので、2年でもいいですか」って言ったんですけど、「いいよ」って入れてもらえたんです。
岩須:2年だったら、まあまあ長い方ですよね。なるほど。
岩須:ちょっと本の話題に戻りたいんですけど、載ってたお店に共通するポイントってありますか?僕が見てる限りでは「やりたくないことをやってない人たち」なのかなと思ったんですが。
林さん:みなさん、そういう我慢はしてないですね。どこかで「これはやらない」って決めてしまっています。多分飲食店じゃなくてももそうですけど、その折り合いをどこでつけるかなんですよね。
岩須:ほんとそうですよね。プロダクトアウトというか、自分の出したもので勝負することと、世間のニーズを汲み取ってちゃんとお金にしていくことのバランスですよね。でも大体、自分のやりたいことを前面に出してみたら「全然通じなかった…」っていう(笑)10年やってますけど、いまだにそういうことがあります(笑)
林さん:あ、そうですか(笑)例えば、どんなズレがありますか?それを聞くの、すごく好きなんです(笑)
岩須:新メニューを出して、結構自分ではしっかり考えたんだけど、全然出なかったりとか。POPとかも作っちゃったのに。あとウチは2店舗やってて、店舗同士のハシゴ割引があるんですけど、全然ハシゴしてくれないんです(笑)
林さん:ハシゴしても大丈夫な、全くちがう形態のお店なんですか?
岩須:はい、全く違う形態ですね。本店はスタッフ3〜4人で回す店なんですけど、もうひとつのほうは1人でやってる暗いバーで。
岩須:お客さんとしても、同じ系列の安心感というのはありますよね。
林さん:絶対ありますよね〜。岩須:僕も、もしバーで働くならホテルのラウンジとか、そういう安定してお客さんが来る立地じゃないとつらいだろうなって思います。でもそれは個人じゃ絶対投資できないような場所ですよね。そういう店に雇われて入るんだったら、まだいいような気もします。でも、ウチの店もちょっとソフトドリンクを増やしてて。前はカフェみたいに使われると腹が立ってた時期があったんですけど、今はもう、それでも来てくれるならって思ってます(笑)このお店は、お茶だけ飲みに来るとかってありえないですよね?
林さん:そうですね。でも実は、お店をはじめたときにエスプレッソマシンを置いちゃったんですよね。23年前って、エスプレッソがまだおしゃれだったんですよ(笑)ここは近くにNHKがあるから、真夜中に打ち合わせしてる人たちがいっぱいいるんですけど、そういう人が4人で来て「ホット4つ」って(笑)2時間ほどテーブルで資料を広げられてましたね。で、これはダメだと思ってコーヒーはすぐやめて、マシンも誰かにあげちゃいました(笑)林さん:でもこういうのって「場所」って言いますね。このコーヒーの話を、例えば西麻布でお店やってる人たちにいうと、「そんなこと想像できない」っていうんですね。「水でいいです」も。西麻布だと1,200円くらいの安いワインを1万円で売る世界なんで(笑)今になっても「水でいいです問題」は滅多にないって聞きますね。
岩須:東京って、「街の色」が明確にありますもんね。「ここでこんなことやるのはちょっとおかしいぞ」っていう不文律みたいなものが。渋谷という街、お店の家賃
岩須:ちなみに渋谷は、ラグビーワールドカップの時、どうでした?
林さん:ウチはラグビーファンはそこまで、でしたが、オリンピックはすごく来ると思います。ただ、今はコロナで全然いないですね。 すぐそこにクラフトビールの店があるんですけど、ガラガラです。
岩須:僕、昨日ほぼ初めて奥渋を歩いたんです。それで路面店だと、お客さん入ってるかどうか、わかるじゃないですか。でも全然入ってなくて、どういうことだろうこれはって。ちょっとゾクゾクしながら歩きました。
林さん:今、渋谷には全然人がいないですよ。渋谷って多分、人混みに行ってはいけないってなると、一番最初にガクッと落ちる街なんですよね。流行り廃りや3.11とかハロウィンとか、そういう影響が最初に出てくる。例えば大きめの地震が来たら、その日の売上がガクンと落ちるんです。でも銀座は、そういうのがあんまりないんです。
林さん:もちろん高いんですけど、多分、思ったより高くないです。新宿は渋谷の3倍ですね。
岩須:え!それって、客層がいいんですか?
林さん:新宿でお店やってる人に聞いたんですけど、圧倒的に客数が多いみたいです。新宿駅の乗降人数、圧倒的にすごいんですよ。でも、お店がそんなにない。いや、すごくたくさんあるんですけど、人口から見ると少ないんです。うろうろしてる人たちの人口とお店の数が合ってないと。そして洒落たお店って、家賃が高い新宿三丁目にしかなくて、お店の価格設定もちょっと高いんですよね。
岩須:あと回転させようっていうのに必死で、接客がすごくぶっきらぼうで、席についた瞬間に「1時間半でいいですか」って言われますよね。
林さん:そうそう、ほんとに一時間半で回すんですよね。「回さないと潰れる」って知り合いが言ってました。
岩須:ここは確か坪2万ですよね。それってこのあたりの相場より安いんですか?
林さん:ここはすごく安いです。高いのは東急ハンズまでなんですよね。それよりこっちになると観光客が来ないので、段々安くなるんですよ。それで奥渋谷が流行っちゃったんですよね。そうして昔よりはちょっと高くなってるんですけど、恵比寿とか代官山とかとかよりは全然安いです。中目よりも安いですね。
岩須:名古屋は今、名古屋駅周辺が高騰してて、路面1階で坪3万円からです。
林さん:でも、名古屋駅ならずっと人歩いてるから、常に満席ですよね?
岩須:「名駅3丁目」と言われるところは、今ちょっとフィーバーな感じで人がいますね。でも最近です。僕だったらヒリヒリしちゃって、ちょっと。。。(笑)地元の小さいところはチャレンジして撤退しての繰り返しで、結局なんかチェーン店ばっかりになってますね。
林さん:チェーン店はここはダメでもあっちがあるからって、 ちょっと調子悪くても大丈夫ですもんね。ちなみに岩須さんのお店はいくらなんですか?
岩須:ウチ、林さんのお店の半分以下です。ただ、超外れの方の地下一階です(笑)
林さん:えーー!安い!でも、家賃安いとやっぱりドキドキしなくていいですよね。
岩須:それでもドキドキしますけど(笑)ちょっと広いところでやってるんで。18坪くらいです。
林さん:それでも18万円ですよね。お客さん回したりとか、冷たいことしなくていいからやりやすいですよね。
岩須:冷たくできないですね。そんなことをウチの店やったら来てくれなくなっちゃう。わざわざ遠くまで来てもらってるから、なるべく滞在時間長く(笑)
林さん:ゆっくりしてもらって「あそこいい店だからもう1回行こっか」ってなるのがいいですよね。
岩須:そうそう、デザートまで食べてねっていうお店で。ただ、店の最寄駅が「矢場町」っていうんですけど、お店を開く時に調べてたら、名古屋の乗り換えの無い単独駅の中で、乗降人数が一番多かったんです。その駅のちょっと裏の方にある全然知られてないエリアで、調べたら意外と駅から近くて。それに、全国のパルコの中で一番売り上げがあった「名古屋パルコ」に駅が直結してるんです。
林さん:へ〜〜、じゃあデートとかにも使える。
岩須:そうですね、だから土曜日はカップルが多いですね。
林さん:でも入ってくれて「何かあそこおしゃれだよね」って思ってくれたら、やってるほうとしては満足しますよね。岩須さんみたいにお店以外にお仕事があると、絶対お店で回収しようとか思わずに済むから、若い人でいっぱいになる方が嬉しいというのは、あると思うんですよね。
前編はここまで。
新刊「なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか」について、そして飲食店経営について伺いました。
後編は飲食店経営者が他の仕事をすること、そしてお店の収益とどう結びつけていくかを語ってもらいました。もちろん話題はワインにも及びます。
▶ 書く仕事と収益バランス、そしてワイン|特別対談企画 bar bossaマスター 林伸次さん〜後編
▶ なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか(Amazon)