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無人の店に侵入者?

最近、ロックモボクモ姉妹店)でひとりで作業をしていることがあります。時間帯は、まだ開店前の誰もいない昼間です。

何をやっているかというと、主に、店を引き継ぐための準備です。この店、あと少しで僕の手を離れるんだと思うと、ややセンチメンタルな気分にもなりつつ、次に入ってくださる方が入りやすいように、整えられる部分は整えておこうと作業を進めています。

7月に閉店して、そのあとどなたかに引き継ぎたいと思っています(何人かと面談をしました。いい感じの方もいらっしゃいました。でもまだ募集はしている状態ですので興味のある方は連絡ください)。

で、先週のある日。

その日は、週に1度やっているZoom会議が入っていました。会議は15:00スタート予定。昼過ぎに栄で用事を済ませて、そのままロックモへ行き、ロックモのWi-Fiを使って参加することにしました。

14:30。ロックモの鍵を開けます。もちろん中は真っ暗。 電気をつけて、パソコンを取り出して、ミーティングの準備をはじめます。 メールのチェックをしつつ、買ってきたペットボトルの水を飲む。 そうだ、会議は1時間くらいになるから、トイレに行っておこうかな。

と思って、トイレのドアに手をかけたとき。

あれ? おかしい。 ・・・・・鍵がかかっている。

そんなバカな。 だって、僕が入ってきたときにはもちろんこの店は無人のはず。 でも、今、トイレの鍵がかかっている。 ちらっと隙間から電気の明かりが漏れている。

まさか ・・・・・誰かがいる。

手のひらから汗が噴出するのを感じます。 やばい、誰かが侵入してるぞ!

待てよ、そうか、店長のハルがいるのかもしれない。早めに仕込みをやっているのかもしれない。

僕が店に入ってから5分くらい。 その間、ずっとトイレで踏ん張っているのかもしれない。 そりゃ人間だから、そういうことはある。

でも、待て。なんでハルはわざわざ入り口の鍵をかけて、店内を真っ暗にしてトイレに籠もっているんだ? そんなこと、あり得る? あり得るとするならば・・・

何かの用事で店に入って、店を出ようとして電気を消したところで、もよおしてしまい、そこでトイレに入った。 誰か入ってくるといけないと思って、入り口の鍵はかけた。 そこへ僕が鍵を開けて入ってきた。 で、僕が入ってくることを想定していないハルは、ちょっとびっくりして、出てくるタイミングを見失った。

それならば辻褄があう。

「おい、ハル?いるの?ごめんよ、これからZoomのミーティングだからさ、ちょっと1時間くらいここにいるけど、大丈夫かな?」

・・・・返事がない。

「ハル?いるんだろ?」

トイレの扉をノックした。 返事がない。 ハルに電話をします。出ない。トイレの店内からバイブ音は聞こえない。

また汗が噴き出てきます。 やばい・・・中にいるのは、ハルじゃない。 じゃあ、誰だ。 ここにいるのは、誰だ。

呼びかけても、ノックしても反応しない。 もしかしたら、誰かがここで立てこもっている? 武器とか持っている?

そんな・・・・

僕、なんかした?なんか悪いことやっちゃった?腹いせかなにか? まずいぞ・・・これは・・・・ でも、立てこもるメリットって何だ?

わからない。

あ、そうだ。きっとこの人は、何らかの理由があって、ここに来た。で、来るはずのないと思っていた僕が来たことにびっくりした。それに反応できなくて、出づらくなっちゃってるんだ。

わかった。 出るタイミングをあげよう。 そうだ。そうすれば、この人は、出てきて逃げるかもしれない。 よし、そうしよう。

「あー、そうだ、用事を思い出しちゃった。あの、そこにいる方、とりあえず、僕、いったんこの店を離れますので、その間に、出ちゃって構いませんからね。僕、しばらくしたら、また戻ってくるんで。ね、そういうことで、出かけますね。」

僕はトイレに向かってそう言うと、パソコンをカバンに入れ、ロックモを出ました。 一応、外から鍵はかけました。 そして、その出入り口が見えるちょっと離れたところで、しばらく待ちます。

1分待つ。2分待つ。誰も出てこない。 もう一度ハルに電話する。出ない。 どうしよう。

・・・そうだ、シェフはもうボクモに出勤している時間だ。

シェフに電話だ。つながった。

「シェフ、実はロックモのトイレが鍵がかかっていて、何者かが立てこもっているみたいなんだよ。」 「え!マジですか!??そりゃ大変じゃないですか、今から行きますね!」

英雄がいた。持つべきものは、料理の腕と勇気を兼ね備えたシェフ。ありがたい。 しばらくすると、携帯のタイマーが鳴ります。

しまった、もうZoom会議の時間だ。 会議のメンバーに「すみません、緊急事態発生しました」とメールしたところで、自転車に乗った英雄が到着。

「そんなおかしいこと、あります?とりあえず、ロックモ、ふたりで入りましょう。」

頼もしい。鍵を開け、再びロックモへ。

「あ、本当だ。鍵がかかってますね。」

ドンドンドン、と扉を叩くシェフ。

「誰かいますか?誰かいたら返事してください!」

しかし、やはり反応はない。

「シェフ、本当にやばい奴が立てこもっていたら、どうしよう・・・やっぱり警察に電話した方がいいのかな・・・あ、もしかして、ハルがトイレにいるうちに、気を失って、倒れちゃっているの可能性も・・・。」

「なるほど、だったら助けないと。店長、コインを使えば、外から鍵が開きます。だから、鍵を開けちゃいましょう。僕、万が一に備えるんで。」

シェフは、やばい奴が出てきたときのために、椅子を手に持つ。英雄にぬかりはない。

「よし、わかった。」

僕は、意を決して、コインでトイレの鍵を外側からまわします。

カチっ

解錠できた・・・・ 緊張が走る。 手には大量の汗。 ごくりと唾を飲む。

椅子を片手に持ったシェフが、勢いよく、ドアを開ける。

・・・・・? あれ・・・ 誰もいない。

シェフは椅子を下ろします。 僕はへなへなと床に座り込みます。

「なんだ、誰もいないじゃん。」

全身の力が抜けました。

「もう、なんだよ・・・・。誰が、何のためにこんなことしたんだよ。」 「本当、まったく意味がわかんないですね。」

しかし、その数時間後、意味はわかりました。 ハルからの電話で、真相がわかったのです。

 

「ハル、もう、大変だったんだよ。さっきロックモで立てこもりがあったって、勘違いしちゃってさ。」

僕はハルに事の顛末を話しました。するとハルは言いました。

「あ、ごめんなさい。鍵をしたの・・・・僕です。」

え?どういうこと?

「僕が、外側からコインで鍵をかけたんです。」

説明はこうです。

最近、出勤すると、いきなり店内が臭いことがある。 電気をつけて、トイレを見ると、そこには「した」痕跡が・・・。 流してない・・・・。臭いの原因はこれだ・・・。

「待ってくれよ。これから仕事だって言うのに、なんで他人のソレを流すところから始めなきゃいけないんだ。もう、テンション下がるなあ。だいたいな、俺、これからカレーを作るんだぞ!(あ、これは脚色)」

こういう出来事が1回じゃない。過去数回あったそうです。奇々怪々。だから、自分の仕事へのモチベーションを下げないようにするために、外から鍵をして、勝手に使えないようにしたんだそう。

なるほど・・・そうだったのか。

ハルは「お騒がせして申し訳なかったです」と言ったけど、そういうことならば、ちゃんと正当な自衛をしたことなるわけで、まったく謝る必要はない。

で、ここから、それをやった人の話に。 ハルは言います。

「だいたい察しがつきますよね。」

確かにそうだ。店の鍵を渡しているのは、配達をお願いしている複数の業者さん。そのうちのどこかの人の忘れ物だ。

ちなみに、配達の業務というのは大変な仕事だと僕は知っています。うちの店のカウンターに来た配達員の方が、しんどさをこぼしていったことがあるからです。

「限られた時間で、ときには駐車違反の取り締まりにビビりながら、色んな店を回わらなければならない。渋滞でいらいら。荷物はめちゃくちゃ重い。いつも汗だらけ。昼メシが3時まわっちゃうこともざら。車のエアコンは効かない。カーラジオはAMだけ。でもたまにメールを投稿して、読まれるかどうかドキドキしながら聞いてます。」

ドキドキすることがあるのは大事なことですが、それ以外は大変です。当然、配達中に催すことだってあるでしょう。そして、配達先の中で、スタッフが忙しそうに働いている店では、トイレを借してくださいとは言い出しにくいかもしれない。その点、ロックモは、いつも配達の時間帯は無人。拝借しやすい。

僕らは仕入れ先の業者さんがあって初めて成り立つ仕事なので、いつもありがたく思っている。その業者の配達の方が困っているのならば、喜んでトイレくらいお貸ししようとは思う。

でもね、一言ね。事後でいいから欲しいよね。

すみません、ロックモさんしか借りられる場所がなくて、ついつい使ってしまいました、と。書き置きでもいいです。

「大丈夫ですよ。いつもありがとう。僕だって同じ立場だったら、借りたいと思うだろうし。」と僕は返すでしょう。

それから、これ重要だけど、ちゃんと流して欲しいよね。これは最低限の人間のマナーだよね。どんなに急いでいたとしても、忘れ物はいかんでしょ。せめて忘れたのなら、取りに来て欲しい。

そういうわけで、事件の真相はだいたい掴めました。

掴めたところで、すべての鍵を渡している業者さんに連絡して、こんなことがありましたって伝えるべきかな、とも思いました。

でも、今回はそうしないことにします。

だって、逆の立場だったとしたら。犯人はわかるかもしれないけれど、そうじゃない、いつも頑張ってるのに疑われた人に申し訳ない。事実無根なのに疑いをかけられたら、非常に嫌な気分になると思うんです。「毎日荷物を運んでるこの店、いい店だなと思ってたのに、なんだよ。俺を疑う店だったのか。」そう思わせてしまったら、非常に良くない。元気をなくしてラジオにメールを投稿できなくなるかもしれない。それも良くない。

なので、営業前の時間は、引き続き、ロックモのトイレには鍵をかけることになりました。とりあえずこれが今のベストの対応かな、と。

 

今日もこれからZoom会議があり、ロックモに到着しました。

鍵がかかっているトイレに向かって、僕は言います。

「あのね、使ってもいいんですよ。だって、日頃お世話になってるしね。もしかしたら、何回も使っているんだから、このトイレがコインを使えば外から鍵が開けられると知ってるかもしれないですもんね。いいんです、いいんです。使ってることは咎めません。だから、反応だけしてください。誰か、いますか?」

深呼吸して、コインでドアを開けます。

 

よかった、誰もいない。

さあ、会議だ。

 

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この記事の筆者

岩須
岩須 直紀
ニュージーランドワインが好きすぎるソムリエ。
ニュージーランドワインと多国籍料理の店「ボクモ」(名古屋市中区)を経営。ラジオの原稿書きの仕事はかれこれ29年。好きな音楽はRADWIMPSと民族音楽。

一般社団法人日本ソムリエ協会 認定ソムリエ

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ボクモワイン代表 岩須直紀

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