今日は、ラジオの構成作家もやっている僕の少し前の仕事をのせてみたいと思います。
さて、このワインにまつわるストーリーに登場する「私」はとはいったい誰でしょう?
「おい、どこへ行くんだ。」
父親の尋ねに、玄関で靴を履きながら、私は答えました。
「せっかく田舎に越してきたんだから、虫取りに行くんだよ。」
私たち一家は、東京から神奈川の相模原に引っ越したばかり。私は虫取りかごを首からぶら下げて、森へと急ぎます。
「やった、珍しいバッタ、捕まえたぞ!」
この頃の将来の夢は、昆虫博士でした。すべての情熱を昆虫観察に注いでいました。
「やっぱり、図鑑で見てるだけよりも、森に入って、いろんな昆虫を見るのが楽しいや。
ああ、それにしても、森の中っていい匂いがするなあ」
菩提樹、樫の木、若草。
木イチゴ、バラ、スミレ、シダ。
そんな相模原の森の匂いが、そのあとの人生に大きく関わってくるとは、まだ私は気づいていませんでした。
高校2年生のとき。
夏休みのアルバイトで、海辺にあるスナックで働いた体験が、私の人生を決定づけました。
私がひとりで店番をしていると、年配の女性客が店に入ってきました。
「あたしお腹が空いてるの。なにか適当にこしらえてくれない?」
私は内心、とても焦りました。
どうしよう・・・お客さんに出す料理なんて、作ったことなんてないぞ。
でも、この店には自分しかいない。やるしかない。
厨房に入り、用意してあったスパゲッティを、ケチャップで炒めます。
なんども味見をしたせいで、完成したスパゲッティの量は、最初よりだいぶ減ってしまっていました。
「お待たせしました。スパゲッティ・ナポリタンです。」
震える手で、お皿を差し出しました。女性がフォークでスパゲティを口に運ぶのを、私は唾を飲んでじっと見ていました。
「大丈夫かな・・・。」
すると、女性は言いました。
「おいしい。」
気づけば女性は、スパゲッティを、ぺろっと平らげていました。女性は満面の笑みで言いました。
「とってもいい味だった。ありがとう!」
私は、カウンターの下で小さくガッツポーズをしました。
店を出るとき、女性は振り返ってまた言いました。
「ありがとうね。」
この体験が、私を動かしました。
お金も払ってもらって、ありがとうって言ってもらえる。飲食業ってすごい仕事なんだ!
これをきっかけに、私は、飲食の世界へと飛び込みます。そして、そこで出会ったのが、ワインの専門書でした。
「なになに。香りの表現は、植物や果実で表します、か。
菩提樹、樫の木、若草。木イチゴ、バラ、スミレ、シダ・・・
・・・まてよ、これは、あの相模原の森じゃないか。
全部、香りがはっきりとイメージできるぞ!」
ワインと相模原の森が、私の頭の中で一直線に繋がった気がしました。
この瞬間、私は持てるすべての情熱をワインに注いでみようと決意しました。
そう、あのとき、すべての情熱を昆虫に注いでいた少年時代の私のように。
私が世界最優秀ソムリエコンクールで日本人として初めて優勝したのは、それから20年後のこと。
さて、私は誰でしょう?
これは、2年ほど前にニッポン放送でオンエアされた物語に加筆・修正を加えたものです。
回答は、SNSのコメント欄に書いちゃうと、読む人がつまんなくなっちゃうので書かないでくださいませ。
ワイン好きのあなた、そう、その人であってます!
もしよく分からないという方がいらっしゃったら・・・「日本ソムリエ協会 会長」で検索すると出てきますよ。