「冥利に尽きる」という言葉があります。
これ、僕はとても大人っぽい言葉だと思います。
「教え子が活躍してくれて、先生冥利に尽きる」とか「自分の演技で涙してくれて、役者冥利に尽きる」とか。
子どもはまだ、この言葉を使うには早いです。
「サンタさんからプレゼントだ!子ども冥利につきるわ」とは言わないし、「みんなが意見を出してくれて、学級委員冥利に尽きます」と言うのも、ちょっと無理がある。
やはり、仕事をする大人が使うべき言葉だと思います。
自分の仕事をまっとうした。相手の人生を良い方向に変えるくらいの仕事を成し遂げた。
そんな実感を得たときにはじめて使えるのが「冥利に尽きる」です。
だから、「僕が選んだワインを美味しいと言ってくださって、ソムリエ冥利に尽きます」とか、軽々しく言ってはいけないと思います。
それってソムリエだったら、毎日できていて普通のこと。毎日冥利を連発していたら、冥利が安くなってしまう。
とにかく、冥利ってものは、日常ではちょっとやそっとでは尽きない。仕事で極上のありがたみを感じたときのみ、尽きるもの。僕はそう解釈しています。
という前置きがあってからの、こないだの日曜日、正真正銘、冥利に尽きる出来事があったという話へ。
その出来事とは、「ボクモで出会った常連さん同士の結婚式と披露宴に参加させて頂いたこと」です。
これはどう考えても、冥利、使って大丈夫なやつでしょう。
本当に嬉しかった。この仕事やっていてよかった。
新郎はボクモに開店当時から長く通ってくださっている方(ボクモの開店初日を知っている数少ないお客さんです)。新婦は、音楽的な繋がりがあって、ボクモに来るようになった方。
「実は付き合うことになりました」も嬉しかったけど、やっぱり結婚の報告は格段に嬉しかったです。
店が二人の出会いの場になり、デートの場になった。そして、二人は夫婦になった。
僕は場をつくること以外、特に何もしてないのですが、でも場をつくるって、こんなご褒美がもらえることもあるんだなあ、とただただありがたい気持ちになりました。
少し前に、カウンターにいらっしゃった二人から「披露宴でこんなのやってもらえませんか?」と言われ、僕は当日「ワインセレモニー」という儀式を行わせて頂きました。
それはこんな感じ。
まず、スパークリングワインと白ワイン、そして1.8リットルくらいの大きなデキャンタを用意します。
新郎がスパークリングワインを持ち、新婦が白ワインを持ちます。
「ワインには1本1本、個性があります。それはまるで、個性を持った1人の人間のよう。
今日の門出の日、二人の手によって、2本の個性があるワインがあわさり、世界でひとつだけのブレンドワインがつくられます。
それでは、新郎新婦、どうぞ!」
合図とともに、二人がそれぞれのワインを同時にデキャンタへと注ぎます。
「ご覧ください。ここに、世界にひとつだけのハーモニーのワインが完成しました。
この幸せいっぱいの味を、みなさんといっしょに共有したいと思います。」
こんな感じの紹介をして、みなさんにそのワインを振る舞う、という流れですが、当日は、ここにひとひねりを入れました。
二人がブレンドしたワインが出来上がったあと、小さなデキャンタに100mlだけ赤ワインを入れ、こう言いました。
「実はこのワイン、まだ完成ではありません。
夫婦になれば、当然、山あり谷あり。甘い時間もあれば、苦い時間もあるでしょう。
しかし、そんなちょっとした苦さこそ、よいバランスでいられるために、必要な要素だったりするもの。
それを、今日はワインで表現してみましょう。
ビターな味わい、それを、渋みを伴ったワイン=赤ワインとします。
ここにふたりで、ほんの少しの赤ワインを注ぎ、このワインをさらに変化させて頂きたいと思います。」
新郎新婦が赤ワインを注ぐと、ワインはきれいなピンク色に。
注ぎ終わると拍手が起きます。
「ここに、世界にひとつの、甘さとほろ苦さを備えた、美しいロゼワインが完成しました。
それでは、みなさんでこのワインをいっしょに味わいましょう。」
・・・とまあ、こんな感じのセレモニーでした。
ちなみに、使用したワインは、「クラウディ ベイ ペロリュス」(スパークリングワイン)と「クラウディ ベイ ソーヴィニヨン・ブラン」(白ワイン)、「クラウディ ベイ ピノ・ノワール」(赤ワイン)です。
とても華やかで、柑橘の爽やかさとともに、ほんのりとした渋みが感じられて、それはそれは美味しいワインとなりました。
店をはじめたときには、まさかこんな幸せな瞬間が待っているとは思いませんでした。「飲食店やってる人冥利」と「ソムリエ冥利」がダブルで尽きた日でした。
コツコツやってると、不意に冥利は現れる。
次は、ワインショップ「ボクモワイン」で、「ショップやってる人冥利に尽きる出来事」が起きことを夢見て、またコツコツやっていきたいな。
今週のペアリング
「牛フィレ肉のパイ包み焼き ソース・マデール」
披露宴のメインディッシュでした。最高!
用意されたワインの中からこの一本を選び、あわせてみたら…
柔らかで優しく複雑な味わいが、お肉とソースに完璧に絡み合って、もうね、椅子から崩れ落ちました。
マヒ マールボロ ピノ・ノワール 2018
ちなみに、披露宴で使っていただいたNZワインは、新郎新婦にボクモワインで選んでいただき、ショップから式場に直送させていただきました。ありがたすぎです。
こんな素敵な山があったら、次は谷が来るのかもって、ちょっと心配になってしまうくらい、山感たっぷりな一連の出来事でした。
もし、このあとほろ苦い谷が来たとしても耐えられるよう、今日はしっかり渋い赤ワインを飲んで備えることにします(ただの飲む言い訳)。