培養酵母は、その名の通り特定の性質を持つ酵母菌を選抜し、人工的に培養したもの。スーパーで売ってるパン酵母(イースト)ように粉状になっており、計算通りに発酵を進められる頼れる相棒だ。一方で野生酵母は、自然界にふわふわ漂っている無数の酵母菌たち。彼らは人間が手を加えることなく、勝手にぶどうジュースを発酵させてくれる。
とはいえ、野生酵母を使うにはリスクが伴う。発酵が遅れることもあれば、途中で止まってしまうこともある。それでも、野生酵母を選ぶワインメーカーたちがいる。「酵母を無理やりではなく、自然に任せたい。その土地ならではの味わいが出せるからね」と彼らは語る。その言葉には、どこかアーティスト的なロマンが漂う。
では、肝心の野生酵母はどこにいるのか?
これは僕も長年気になっていた。「ぶどうの実に付いている」と書いてある文献もある。しかし、ニュージーランドの研究では「実際にはぶどうそのものにはほとんど付着していない」とのレポートもある。ではどこに? 蔵付き酵母のように、ワイナリーそのものに住み着いているのか?
そんな疑問を抱えながら開催したのが、ニュージーランドの名門ワイナリー「トリニティ・ヒル」のイベントだ。25年以上チーフワインメーカーを務めるウォーレン・ギブソンさんが来日し、彼らのワインづくりについて語るというもの。しかもこのワイナリー、野生酵母を使用しているというではないか。
これはチャンスとばかりに質問してみた。
「ウォーレンさん、野生酵母ってどこにいるんですか?」
すると彼は少し笑って答えた。
「正直なところ、野生酵母がどこから来るのかは未だによく分かっていないんだ。」
なに・・・発酵の司令塔であるワインメーカーでさえ解明できていないとは!?
彼は続ける。
「僕たちがワインを学び始めた頃、野生酵母を使うなんてあり得ないと言われていた。でも試行錯誤を重ねるうちに、野生酵母がしっかり働く条件を経験的に掴めるようになったんだよ。それでも、どこからやってくるのかを突き詰めることはしていない。そんな時間なんてないんだよ。毎日やることだらけだからね。大事なのは理想の味を引き出す環境を整えることだと思ってるよ。」
彼の言葉には、科学と経験、そして自然や神秘的なものへの信頼が共存していた。
この話を聞きながら味わったシラーは、実に複雑で奥深く、エレガントだった。見事にまろやかだった。目に見えない酵母の力を信じて、その力を最大限に引き出そうとしてきた努力が、この調和した味わいを生むんだろうなと思った。